思わず唾を飲み込む。
「そりゃあ…居ねえけどさ」
「フッ」
間を流れる沈黙は円堂の返事で消えることとなったが俺にはとても長く感じた。
円堂が膨れっ面になり小声で答えると鬼道が鼻で笑った。
胸を撫で下ろして安堵のため息を小さく吐いたのは俺の方だった。
鬼道が鼻で笑ったことにより、それに怒りよりも羞恥の強い顔で席から立ち上がった円堂は鬼道に問いただす。
「なっ!なんだよ!鬼道は居るのかよ?!」
「恋人か?生憎、サッカーが恋人というクチでな」
「なんだよ、鬼道も居ねえんじゃん!」
少しだけ困ったように眉が動き、円堂があまり近づき過ぎないように両手を前に出して顔を引いた鬼道は冷静に答える。
それにまた安堵する。
円堂はエネルギーを使い果たしたかのように元の席にドッカリと大袈裟に座り直す。
いつの間にか円堂の周りにいたはずのクラスメイトが辺りに散らばり居なくなっていたのに俺は漸く気づく。
まあ、鬼道はモテるからな。その点、ゴーグルをまだ付けていることには内心喜んでいる、アレがあれば大分近寄ってくる生徒は制限されるからな。鬼道に恋人が居ないと知れると女子から格好の餌食とされそうだからという理由でも俺は安堵して弁当箱を開く。
「豪炎寺は、どうなんだ」
「ん?なにがだ?」
「話を聞いていなかったのか?」
箸を持った時、鬼道から声がかかった。一瞬何のことを聞かれているのか分からず聞き返すと、一緒に居たのに会話を聞いていなかったことについて問われ、記憶を遡る。
ああ、恋人の話か。
「俺も、鬼道と同じだ」
「いないのか?」
「ああ」
「…そうか」
玉子焼きを口に含んでドヤ顔で頷けば鬼道がホッとしたのように息をついて肩の力を抜いた。
なんだ?と少し疑問に思うが、円堂の声に気を逸らされる。
「っちぇー、なんだよ二人とも童貞かよ」
「「なっ!?」」
「え、円堂ッ!」
「うっわあ!わわっ!ジョーダン!冗談だって、落ち着けよ鬼道!」
ボソッと言った円堂の言葉は鬼道にも聞こえたようで同じように肩を上げると、鬼道は先ほどの円堂のように席から立ち円堂の胸ぐらを掴む。先ほどの円堂と違う所は羞恥というより屈辱と言った感情を鬼道は抱いているように見えるということだ。
鬼道の鬼の様な形相に円堂は苦笑いして両手の平を鬼道に見せるように肩の方まで上げて降参ポーズをとる。
円堂と鬼道の顔が鼻が触れそうな程の距離にある事を理解しているかは分からないが、横から見ると丸分かりだ。
近過ぎる二人の距離に俺は円堂に言われた言葉もすっかり消し飛んでいた。
円堂の冗談だと言う言葉と降参ポーズに許したのか胸ぐらから手を離して鬼道は何事も無かったかのように座り直す。
「全く、口を慎め」
「そんな怒んなって!豪炎寺や鬼道に恋人歴とかあったらさ、どんな感じなのか聞きたかっただけなんだよなあ」
「…どんな感じ、か」
「…なるほど、興味深いな」
「だろ?」
円堂の質問の糸口が分かると、確かに自分が恋愛をするなどと考えたことが無かった分野に顎に手の甲を当てて少し考える。
鬼道も謎を解き明かす時かのように真剣な出で立ちで円堂に改めて向き直る。