大人二次小説(BLGL・二次15禁)
- Re: 【文スト】太中R18*乱歩・中也受け ( No.116 )
- 日時: 2019/10/11 21:07
- 名前: 枕木
「この世で一番美しい自殺法って知ってる?」
カラン、と酒と氷をグラスの中で鳴らしながら、太宰はにっこり笑って、先刻隣に腰掛けたばかりの相棒に問い掛けた。
一方、問い掛けられた方の彼は蒼い瞳を、うんざりだ、とでも云わんばかりに細め露骨に顔をしかめ、「そんなん知るか」と切り捨てた。
続けて、そんなん知りたくもねェよ、と告げようとしたが、もう既に自分のことは見ておらず、夢を見る少年のような瞳をして宙をみつめている相棒を見ると、口をつぐんだ。その包帯で、瞳と傷と、その他何を隠しているかは知らないが、本来の姿はこうである筈なのだ。きっと、その対象と時期がずれてしまっただけで。だから、彼は口をつぐんで、太宰が楽しそうに語る言葉に酒もなく耳を傾けた。
「それはねえ、百合を使う自殺方法なんだよ。百合って、光合成はしないで呼吸だけするの。だから、百合に囲まれて密閉空間で寝ていれば、酸欠で昏睡状態に陥って、最終的には眠りながら死に落ちていくんだよ。ねえ、素敵だと思わない?」
「……ああ」
「そうでしょう!?」
太宰は彼の肩を掴む勢いで身を乗り出し、頬を紅潮させて、興奮気味に云った。彼はその瞳をみつめて、なんだかとてつもなく脱力して、泣きたくなった。けれどそんなのは気にせず、なおも太宰は語り続ける。
「百合は英名でリリー(Lliy)って云うんだけれどね、リリーっていうのはカラー・リリーっていう花のことを示すの。百合とは少し違う種類なんだけどそちらの花も美しくて、しかも毒をもっているのだよ。食べると喉が塞がって呼吸困難になって、ゆっくりゆっくり死んでいくの。沢山百合を買うのが面倒になったら此方でもいいかなあって思うのだけど、君はどう思う?」
彼は一度口を開いて、閉じて、そして、僅かに首を振った。
「花は……好きじゃねェ」
太宰は目をぱちくりさせて、まじまじと彼の顔を見て、そして、彼が目を伏せてしまうと、身を引いて、少しだけ寂しそうに目を瞬かせて、酒を一口飲んだ。その夜は、それきり、太宰も彼も、言葉を交わすことはなかった。太宰は何度か彼をみつめ口を開いたが、とうとう、言葉が吐かれることはなかった。
それから数日たって、尾崎紅葉は、教育してやっていた蒼い瞳の童に、「庭園の一角を花壇として遣わせてもらえませんか」と頼まれた。
彼女はその童をじっとみつめ、そして淑やかに笑い、「きちんと自分で世話をするのじゃぞ」と云った。童はこくりと頷き、頭を下げて、小走りで花壇を造りに行った。
その年の6月19日、太宰自身も、太宰の手にかけられた幾多の罪人たちも恨んで止まない、その日。
太宰のもとに、差し出し人のない贈呈品が贈られてきた。
それは、太宰の腕一杯の、白い百合の花だった。太宰はそれをぼんやり眺め、一緒についていたカードを読み、その『早く死ね』という言葉に小首をかしげた。
とりあえず太宰は、その百合の花を寝床にばらまいた。そして、その上に寝転がった。
すこしすれぱ百合の濃厚なにおいが充満し、くらくらして、死ねそうな感じがした。だけど実際そんなことはなく、日の出と共に明日はやってきた。
太宰はがっかり肩を落とし、腹いせにと、いつの間にか庭園にできていた粗末な囲いの花壇から百合の球根を残らず掘り返した。それを袋の中に集めると、一粒だけ噛んでみた。辛くて、とても食べられるものではない。今度こそ、と思ったのになあ、と、がっかり肩を落とし、帰っていった。
それから数日、花壇と共に、太宰は消えていった。
彼は高級葡萄酒ペトリュスを飲みながら、物思いに馳せていた。結局結論は出ずに、四年といくらか、月日が流れた。
「ねえ、来て御覧よ」
手招きする太宰のもとへ、呼ばれた彼は歩いていく。太宰はベランダに出て、何かを育てていることだけは知っている鉢植えの前に屈みこんでいた。その傍らに同じように屈みこみ、鉢植えをのぞく。そして、目を見開いた。それは、見覚えのあるものだった。
「芽が出たのだよ」
太宰はにっこり笑った。
「何の、かぐらいは判るだろう?」
「……なんで、だって、お前」
「うん。私も、数年もたってしまえばもう育たないものかと思っていたのだけれどね、どうにかなるものだよ」
よく、知っていた。この芽が葉となり、茎が伸びて、最後には白いらっぱ形の花を咲かせる。彼が、姐さんの云われた通りにきちんと自分で世話をしたのだから。
その芽をただじっとみつめていると、太宰が「ねえ」と口を開いた。
「百合の花言葉って知ってる?」
彼は少し困った顔をして、そのまま目を伏せた。ぽつりと、数年前と同じ言葉を吐いた。
でも、そのときとは違った。その言葉に太宰は頷き、そして、くくっと笑ったのだ。驚いて太宰の顔を見上げた彼の顔を、太宰は鳶色をした双眸でしっかりみつめ、笑みをたたえたまま、云った。楽しげでもなければ、心踊る興奮が滲んでいたわけでもない。けれどもその口調、言葉に、彼は目を見開いた。
「百合の花言葉は、純潔。
……ねえ、これってさ、君の為にある言葉だと思わない?」
見開いて硬直したまま、動けなかった。
悲しかったし、哀しかったし、かなしかった。だけど涙なんて一滴もでないで、その代わりに、この日の為にととっておいた高級葡萄酒の最後の一滴を口に含んでいた。
だから、悟った。知った。判った。いやそもそも自分で云っているじゃねェか。
『陰鬱なる汚濁の許容』
と。
だけど、手前は純潔だというのか。この花が育って手前が生まれた日に真っ白な花を咲かせても、そう云うのか。
「綺麗な花だよね、百合って」
太宰は、彼の肩を抱き寄せた。
「私ね、花って大好きだよ」
太宰の腕の中で、その肩が震えた。太宰は「ふふっ」と笑って、その朱色の髪を撫でた。彼のにおいは、百合の香りよりよっぽど好きだなあと、笑った。そして、まだ堪えようとする彼を抱き締めて、それが溢れ出すきっかけを、腕一杯の愛のお返しを、あの日云いたかった言葉を、そっと、告げた。
「ねえ、君ってすっごく綺麗だよ、中也」
ƒin.