大人二次小説(BLGL・二次15禁)
- Re: 【文スト】太中R18*中也受け 他 ( No.172 )
- 日時: 2019/12/31 19:53
- 名前: 枕木
ドアがノックされる音で、ぷつっと集中力が切れた。机の上を見てみれば、ほぼ無心でやっていたからか、積み重なっていた書類が粗方終わっている。少なくとも、今日提出する分はとっくに終わっていた。我ながらすげェな、何時間やってたんだ?
「あの……中原幹部?」
ああ、六時に書類取りに来いって云ってあったもんな。時間通り……って、は!? 八時!?
携帯電話のディスプレイに表示された時刻を見て唖然としていると、失礼します、と部下が入ってきた。なぁに平然としてんだよ!
「オイコラ手前ェ……」
「は、はいっ!」
地を這うような声で云えば、部下はびくっとした。そんなんでマフィアやってけるかってんだよ!!
「俺は六時に取りに来いって云ったよなァ……?」
「え、ええ、最初は」
「いま何時だと思ってやが……ん? ……最初は?」
ひっかかった言葉を聞き返すと、部下は不思議そうな顔で瞬きした。
「六時に此方へ伺った時、中原幹部はあと二時間やらせろって……」
……は?
俺が? 云った? あと二時間待てって?
云われてみて嫌な予感がし、記憶をまさぐる。そこで、ぴんとくるものがあって、背中を冷や汗が流れた。
……嗚呼、そういや云ったな。あと五枚くらいやれば八割方終わるところだったから、もう少しやりてェなって……
俺は、部下の肩にぽん、と手を置いた。部下は少し膝を曲げて屈み、俺と目線を揃えた。……変なところで気ィ遣うんじゃねェよバーカ!!
けれど殴りたい衝動はぐっと抑え、苦々しく口を開いた。
「ッ……わ、るかった」
「いえ」
部下はすっと無表情になり云う。頬がぴくっと動くのが判った。こめかみに血管が浮き上がるのを感じた。
「笑ってんじゃねェぞコラ……」
「す、すみません……っ。書類を頂きますね……っ」
笑いを堪えつつ書類を束ねる部下の背中に、飛び蹴りをかましてやった。
部下の肩に手置こうとして背伸びする上司を莫迦にするとか許さねェからな!!
「では、届けておきますね」
「おう」
「嗚呼、そういえば、芥川さんから託けを預かっています」
「芥川ァ?」
何も考えずに聞き返すと、部下は苦笑した。
「中原幹部が仰ったんですよ。『あと二時間待ってろって、芥川にも伝えとけ』と」
あー、そういや云ったなー。
つかその無駄に上手い物真似やめろな。
「それで、芥川はなんだって?」
「『車の前で待たせてもらいます』と」
そこで消え去っていた今日一日の記憶が蘇った。サッと血の気が引くのを感じたあと、吃驚した顔の部下の頭上を飛び越えて廊下に出て、全速力で地下駐車場へ向かった。
* * *
階段を飛びとばして、駆け降りる。否、普通帰るだろ。二時間だぞ? でも……彼奴、変に生真面目っつうか。確認だけだ、確認だけ……そう云い聞かせながらも、芥川は待ってる、この寒ィ中俺の車の前で直立不動で待ってる、という確信があった。だからこそ、こんなに必死で走ってんだよ。
警備についていた構成員の、俺の勢いに気圧されたような「ぅお疲れ様です……」を押し退け、地下駐車場への扉を開け放った。そして、つい十七日前に駐車した自分の車の元へ走る。柱の角を出て……嗚呼。
「芥川!!」
堪らず叫ぶと、黒外套に身を包み、俺の車をじっと見つめるようにして片手で口元を覆う形で立っていた男が、顔だけ振り向いた。相変わらず顔色悪ィ無表情だなァ……って、否寒ィのか。
芥川の真正面までくると、勢いを弱めて息を整えた。芥川は、息を切らす先輩を不思議そうにみつめているようだった。あー、そういや何で俺こんな必死なんだか。
「わ、りィ、芥川……待たせちまって……」
「否、事前に聞いていました故……」
「そういう問題じゃねェだろ! 手前何時から待って」
「十六時からですが」
「はぁ!?」
四時間かよ……
余りの長さに声を出せないでいると、芥川は首をかしげた。
「貴方がそこまで責任を感じる必要は皆無です。太宰さんに上司と待ち合わせをするときは約束の二時間前にその場所にいろと教わりました故」
なに教えてんだ彼奴……
あの憎ったらしい笑顔がちらつき、苛つくより先に、この当然だろうとばかりに平然と立つ男が哀れに思われ、溜め息が出た。
「あー……おう。そうか。……まあ、とにかく車乗れ。家までそんなかからねェから」
パンツのポケットから車のキーを出しつつ云うと、芥川は黙って頷いた。
* * *
「そういや、自分の車に誰か乗せたの初めてだな」
芥川と二人きりというのは珍しいことでもないから、この沈黙の空間が気まずくなることはない。けれど、ふっと思い付いた瞬間、口に出していた。ちらっと助手席を盗み見ると、芥川は俺から顔を逸らすようにして窓の外を見ていた。苦笑して、前を向き直す。そりゃそうだよなァ。男に云われて嬉しい台詞でもねェ。なあに云ってんだか、俺。
また暫く沈黙が続く。目的地が近くなり、芥川でも飲める酒あったか? と考え始めた頃、隣で口を開く気配がした。お、来るか? と覚悟してから一拍置いて、息が吐かれる。
「太宰さんを、この車に乗せた事は無いのですか」
「はぁ? 太宰ィ?」
予想外の質問に、すっとんきょうな声が出た。ハンドルを切りそうになったほどだ。まあしねェけど? 前の車で後部座席からいきなり“ピッ”って爆弾爆発までのカウントダウン始まっても事故らないで対処した俺だからなァ……二回目にはやられたが。
「否、無ェけど。手前が初めてだって先刻云ったろ?」
「……そうですか」
それっきり、目的地で車を止めるまで、否、俺が自宅の扉を開け玄関に招き入れるまで、芥川は押し黙ったままだった。芥川が太宰の名を出した意味も、判ることはなかった。