大人二次小説(BLGL・二次15禁)

Re: 【文スト】太中R18*中也受け 他 ( No.205 )
日時: 2020/05/19 21:21
名前: 枕木

恋人が、部屋から出てこない。

理由は単純。
仕事でやらかして、酷く落ち込んでいるからだ。

眺めていた携帯電話をポケットに仕舞い、何度目かの溜め息をついた。
幼少期のトラウマか、生まれたときからの呪いか、俺の恋人は自己肯定というものをあまりに知らなすぎる。自信満々で自由奔放(に見える)な上司を持っている筈なのになァ。あの振る舞いができる性格が彼に一割でもあったのなら、もっと楽な人生を歩めただろうに。……ついでに、その上司をもつことも無かっただろうな……

勿論、俺からしてみれば対立している組織、探偵社の事情なんてどうでも良い。社員がやらかして破産でもしてくれりゃあ、有難い。だが、昨晩死にそうな顔をして帰ってきたと思えば口もきかず自室に鍵をかけて閉じ籠り、あくる日の夜まで出てこない恋人のことは放っておく訳にはいかねェんだよ。

「おい、敦」

扉をノックする。返事は無い。判ってた。昨晩からここまで、敦は一言も話してない。最後に言葉を交わしたのは昨日の朝で、「敦、上の空だが何かあったか?」「え? あっ、いえ、何も……ごめんなさい、集中して食べます」という、作り笑いの彼との会話。

すう、と息を吸い込み、覚悟を決める。ドンドン、とやや乱暴に扉を叩いた。そして、低い声で云う。

「今すぐ開けろ。じゃなかったら扉蹴っ飛ばす」

本気だった。こんな薄い隔たりで俺を拒絶できると思うんじゃねェ。手前と暮らす俺の覚悟はそんなもんじゃねェよ。莫迦にすんのも大概にしろってんだ。

憤りさえ感じて数秒待てば、がちゃり、と躊躇いがちに鍵の開く音がした。続いて、扉が僅かに開く。そんなの待ってられるか。思いきり引っ張って、扉を全開に開いた。

部屋はカーテンも閉め切り完全な暗闇となっていて、突然光の元に放り出された少年は、泣き腫らした目を眩しそうに細めた。

「敦」

逃げ場のなくなった恋人は、低い声にびくっと肩を揺らし、うつむいた。

「……ひっでェ格好だな」

シャツは昨日から着替えていないから皺が寄りみすぼらしく、顔は涙で腫れ、目は充血し半分程しか開いていない。髪はぼさぼさで、元々斬新な髪型が大変なことになっている。おまけに叱られることを判っていて、死にそうな表情をしているから、俺くらいにしか見せられない格好だろう。

はあ、とまた溜め息をつく。

そんな表情見せられたら、叱る気も失せるよなァ。

「風呂入ってこい。着替えは出しといてやるから」

云うと、敦は吃驚した顔になり、腫れた瞼の下から俺をみつめた。チッ、と大きく舌打ちをして、敦の胸ぐらを引き寄せ、ほどけかけているネクタイを奪う。敦の唖然とした顔を睨み上げ、がっと口を開いた。

「ったく、ガキが一丁前に落ち込んでんじゃねェ。つか、手前が笑ってねェと此方が調子狂うんだよ。早くその間抜け面洗ってこい。飯が冷めるだろうが」

見開いた敦の琥珀色の瞳に、ぽわっと光が灯る。引き結んでいた口元が綻び、頬がほんのり赤くなって、弾んだ声で、

「はいっ!」

と返事をすれば、俺も釣られて笑ってしまった。

*  *  *

コトリ、と出来上がっていたものを入れたお椀を机に置いたそのタイミングで、ほかほかと湯気をあげながら敦がやってきた。目敏い奴。もういつもの腑抜けた顔に戻ってやがるし。矢っ張りガキだよなァ。

「有り難う御座います、中也さん」
「ん。早く食え。温かいうちに食っちまえよ」
「はーい……って、わあ!」

ふやけた顔で寄ってきてお椀を覗き込んだ敦が、目を輝かせて歓声を上げる。貧乏人かよ手前は。このくらいで喜びやがって。

「茶漬けくらいでそんな喜ぶか?」
「くらいじゃないですよ! お茶漬けが一番旨いです」
「そうかよ」

敦は嬉しそうに席につき、いただきます! と勢いよく手を合わせて、早速茶漬けをかきこんだ。あーあー、そんなに勢いよく食うと喉に詰まるだろ。落ち着いて食えよ。

「なんだ、腹減ってたのかよ」
「ふぉふぉふぁふぇふぁ」
「おいおい、飲み込んでから喋れ阿呆」

ごくん、と飲み込む音がして、どんぶり大のお椀はあっという間に空になった。「ご馳走さまでした!」と手を合わせ、敦は隣の俺に向き直る。

「いえ、先刻まで空腹とか何にも感じてなかったんですけど……中也さんの顔を見たら、急にお腹空きました」
「んだそれ。変な奴」

ふふふ、と笑い合い、また、目を合わせる。敦はゆっくり瞬きをし、眉尻を下げ、少しうつむいた。

「……子供に、大怪我させちゃったんです」

紡がれる言葉に、じっと耳を傾けた。

「凶悪犯が潜伏していた団地の子で、犯人が時間稼ぎに放火して……中に、取り残されていて」

敦の胸が大きく上下する。揺れる瞳は、手前への怒りか。

「僕なら、間に合ったはずなのに。……なのに、犯人捕まえるのに躍起になって……その間に、子供は……落ちてきた天井の下敷きになって。……太宰さんには、子供を救うことを最優先にって云われていたんだ。なのに僕は、目先の犯人しか目につかなくて……あの子の将来を、僕は……」

再び、彼の心が雲ってゆく。
昨日の朝から、彼はその依頼のことを案じていたのだろう。きっと毎回、不安と恐怖を抱えて現場へ向かうのだろう。

俺は、敦の上司じゃない。俺は、敦の親じゃない。だから、敦の仕事を支えてやることは出来ない。だから、敦に教えてやることは出来ない。

けれど、俺は、敦の。

「……っ……!?」

敦が吃驚して硬直する。
構わず俺は、ぎゅっと抱き締めた。

「えっ……ちゅう、いたたたたたたたたたた!!」

ギチギチと締め付けてやれば、敦は悲鳴を上げた。少しして解放してやれば、敦はぜえぜえと荒く息をして、目を白黒させている。頬は紅潮し、少年らしい、敦らしい表情が戻ってきていた。
満足して、ふう、と息を吐く。
そして、語りかけるように、静かに告げた。

「俺はな、手前を慰めたりしねェよ」

敦が目を上げた。
澄んだ瞳だった。

「それは、俺の仕事じゃねェからな」

そう。俺は、手前の上司でも親でもねェから。それは、俺の役目じゃねェんだ。

だから俺は、ポケットから携帯電話を取り出し、画面を掲げた。

「そういうのは、手前の上司にしてもらえ」

敦が目をぱちくりさせる。しかし、そのメッセージの送り主である『青鯖』の名前を見れば、飛び付く勢いで携帯電話を受け取って、目を凝らして画面を見た。

その光景を苦笑しながら眺めていれば、敦の弾んだ声が上がる。

「子供、目を覚ましたそうです!もう安心って……!」
「そうかよ」

けれど、彼奴が手前に伝えたかったのはそのあとだろう。読み進めた敦が突然笑みをおさめ、真剣な表情になる。
その瞳に光が宿っているのを確認して、俺はそっと敦のお椀を取り台所へ歩いた。

程なくして、子供のように泣きじゃくる声が聞こえた。俺はただ黙って、その声が収まるまで、何度も何度もお椀を洗った。

*  *  *

電気も消しうとうとしてきた頃、ポケットの中で携帯電話が震えた。来やがったな。相手は見ずとも判った。

細心の注意を払って、携帯電話を取り出す。画面を指で触り耳に当てれば、聞き慣れた声が『やあ』と飛び込んできた。

「いま何時だと思ってやがる」
『私に時間という概念はないね。私が起きている間は昼だよ』
「手前がそうでも、少なくとも俺にとっちゃ丑三つ時だ莫迦野郎、死ね」
『ん〜? そんなひそひそ声じゃ聞こえないなぁ〜?』
「マジ優しい上司だなー手前はー」
『有り難う!』
「聞こえてんじゃねェか死ね」
『ふっふっふ。まあ、優しい上司としては傷ついた部下のことが気になってね。……その声から察するに、大丈夫だったようだけれど』
「……まあな。つうか、態々俺を通さないで直接電話でもすりゃあ善かっただろ」
『ふふふ。それじゃあ、敦君のお腹は満たされないよ』
「……」
『私は唯の彼の上司だ。だけど君は違う。そうでしょ、中也』
「……はあ。もう切るぞ」
『はぁい。……まあ、結局のところ、傷付いたときはさ___』


胸の中で寝息をたてる子供の、あどけない寝顔に涙が溢れる。それを指先で拭って、そっと、微笑んだ。
突然、声が上がる。

「もう、おなかいっぱい……おちゃづけはみたくないです……」

吃驚して目を開いたが、直ぐにむにゃむにゃ……とまた寝息をたて始める。くはっ、と笑うと、携帯電話の向こうでもくつくつ笑う声が聞こえた。

『ガキだね』
「ガキだな」

温かな沈黙が流れ、俺は静かに通話を切った。目を瞑り、呟く。

「いい夢見ろよ、敦」


『傷付いたときはさ、恋人の手料理食べて、ぎゅうってされて寝ちゃうのが、一番だからね』


額に1つキスを落とせば、まだ成長途中の恋人は、夢を見ながらにへっと幸せそうに笑った。

えんど