大人二次小説(BLGL・二次15禁)

Re: 【文スト】太中R18*乱歩・中也受け ( No.37 )
日時: 2019/07/25 08:12
名前: 枕木

……ん? あれ?

目が覚めて、真っ先に目に飛び込んできたものが信じられなかった。
否、なんだろう、これ。

そこにはもう死んだ私がいた。

幽霊ってことなのかなあ。
でも、なんで、それならどうして。幽霊なら、忘れている筈なのに。忘れたと信じていたのに。感覚なんてものは消えて、楽になれると。
只、自分の死体の傍らに立っているだけだった。
私は

*  *  *

次に目を覚ましたとき、もう私の死体は片付いていて、あれは夢だったのかと錯覚した。見慣れた自室を見回して、1つ、机を挟んだ正面の異物に気がついた。

「中也」

呼びかけても、答えない。私がずっと使っていた机の上にペトリュスとグラスを置き、じっと机上を見ている。嗚呼、私のコップじゃないか。しかも飲みかけの珈琲が入っている。机上には珈琲の水溜まりができている。倒れて半分くらい溢れていたのを中也がコップだけ起こしたらしい。まったく、それなら拭いてくれればいいじゃないか。
手を伸ばして、それをそっと拭き上げようとした。
だけど、半透明な私の手は、それを許すことはなかった。
あっ、そうか。忘れていた。

私はもう、死んでいるのだったね。

*  *  *

私は死んだ。どうしてだろう。全く記憶にない。生涯、運悪く一緒に入水してくれる美女をみつける事はできなかったから、一人寂しく自殺でもしたのだろうか。いやだなあ。この人生の中で見つけたのは、精々憎たらしいチビの相棒位だった。だから何だと云う話なんだよねえ。

矢っ張り私も人間だったらしい。ある日起きたら死んでいた、何て云うこの出来事を素直に受け止めて、喜べなかった。ただ、なんで。どうして。という疑問ばかりが有った。
でも、一番の疑問は、一番恐かったことは。

この開いた胸の穴だった。

*  *  *

中也は無言でペトリュスを開けて、無言でグラスに注いだ。そして、ごくっ、こぐっ、と飲む。半分程飲んだところで、中也はグラスから唇を離した。蒼色の瞳がうるんでいる。本当に弱いよね、君。
ねえ、室内で帽子被っていると身長が縮むらしいよ、中也。教えてあげたらきっと、中也は慌てて帽子を取って、私を睨んだだろうなあ。それとも、違う反応をしたのかな。ねえ、中也? 嗚呼……聞こえないか。

「太宰」

びくっと反応して、嗚呼、違う、と気がついた。中也が呼んでいるのは私じゃない。
中也がグラスをもう1つ机の上に出した。トクトクとペトリュスを注ぐ。二杯も飲む気? 弱い癖に。
中也は、さっきの自分の飲みかけのグラスを再び手に取った。そして、カツン、と音をたててグラスに当てる。

「手前の死に、乾杯だ」

そう云うと、中也は自分の分を飲み干した。
……ねえ中也? どうしてなんだい?
何故? 一番嬉しい筈の死なのに。一番死んで欲しいと願っていた元相棒が死んで、一番嬉しいのは君だろう。それなのにどうして。

笑い飛ばしてくれないんだい?

やめてよ。君が笑い飛ばしてくれないから、益々判らなくなっちゃうじゃない。
私の人生は何だったのか。何が私だったのか。思い出せない。「様ァ見ろ」って終わらせてくれれば良かったのに。本当に私は生きていた? 本当に私は人間だった? 判らないねえ。だって、何時から忘れたかも覚えていないんだよ。

疲れ方も、眠り方も。

『後悔』なんてそんな大層なものなど抱かないまま、幽霊らしく宙に浮かんでいた。莫迦莫迦しいねえ、全く。中也は何よりも私の不幸に笑って、何よりも私の幸せに泣いていた。それならさ、ねえ中也。私のことを笑ってよ。笑ったらいいさ。どうやら私は不幸な人間として死んだ様だから。死んで気がついたのだよ。『臆病』だと。私はね、自分で不幸になれなかった、臆病で不幸な人間だったのだよ。

今なら、もう少し不幸になれる気がするなあ。でも、いくら叫んでももう届かないのだよね。仕方ない? そんな訳ないでしょ。中也が悪いんだよ。ねえ、私の方見てよ。何処を見ているの? どうして、グラスばっかりみつめているの。ちゃんと、私を見て。そして、笑ってよ。どうして。

泣いているの?

私が幸せだった? そんな訳ないじゃない。だって、臆病で、あまりにも臆病だったから。云えなかったよ、最後迄。私が一瞬で不幸になれる、その言葉を。
こんな人生で良いのか? 否、なんて答えても、もう遅いのだから。どうにでもならないのだから。あーあ……

ぱさ

……え。
あり得ない感触に、驚いた。見ると、傍らに立った中也が私の頭に帽子を落としていた。中也は、無表情だった。無表情を、装っていた。

「嗚呼……手前の部屋に、大事なもん置いてきちまったな。また、取りに来ねえと」

中也はそう云って、ペトリュスとグラスを机上に置いたまま、ドアに手をかけた。黒い服と、朱色の長い髪。
なんで。あの日と同じ景色じゃないか。あのときも、不幸になろうとした。その背中に、私は。

「中也」

呼ばれた気がして、俺は足を止めた。
振り返る。

「ごめんね」

太宰は、にっこり笑ってそう云った。
そう云っているように見えた。
あの日もそう云っていた。もう全てを捨てようとしたのに、彼奴はそれまで邪魔をして、嫌がらせだと笑って、そして、一言、そう云っていた。
にっこり笑った彼奴の写真の前に置かれた帽子は、俺の忘れ物。
この部屋に残した、大きな忘れ物。手前に任せた、大事な忘れ物。
莫迦だ、俺も手前も。

今さら謝っても遅いんだよ。

ねえ。


『武装探偵社報告書_____太宰治
 6月13日死亡。
 拳銃で撃たれた事による出血と川に落ちた事による溺死。尚、強力な異能力の使用により衰弱していた者を庇った結果であり、同様に川に落ちたその異能力者は無事救助に成功。これによりポートマフィアとの交際の発展に___』