大人二次小説(BLGL・二次15禁)

Re: 【文スト】太中R18*乱歩・中也受け ( No.98 )
日時: 2019/08/17 16:00
名前: 枕木

少し人混みに酔ってしまって辺りを歩いていたとき、彼をみつけた。
彼は橋の上から川を見下ろし、楽しそうに笑う。そして、よいしょ、と手摺をよじ登る。その間は、遠足へ行く為にバスに乗り込む子供のように輝いた顔をしている。
そして、綺麗な革靴で手摺の上に立つと、二度三度ゆらりゆらりと躰を前後に揺らして、そして、その勢いですっと前に躰を倒す。その一連の動作は、とても綺麗で、そして、どんな場所のどんな場面でも見たことのない、この世に希望をもった輝いた表情を保ったまま行われていた。
重力に従い頭から落ちた彼が、僅かな揺れもない水面を貫き、すっと消えていく。予想に大きく反して、それはまるで、木の葉が水面に着地したような静けさだった。この静けさで、こんな夜に、気づく人なんていない。
あいつ以外は。
それをじっと橋の上から見下ろしていた。
暫くしてから、彼が水面から顔を出した。今夜はずいぶん長い間あちらへ行っていたようだ。遠くで聞こえる陽気な太鼓と笛の音から逃げたかったのだろうか。彼は黒髪から滴をしたらせて頭を出し、水を吸って重そうな砂色の外套から順番に躰を水面から出して、そして、その重さなんて感じないかのように軽々と川縁に上った。
そして、ごろん、と寝転がった。息も乱さず、ただ、先程の笑顔が嘘のように冷たく暗い顔で闇の何かをみつめている彼に近寄っていった。
そして、問うてみた。
どうして死にたいのに死なないの、と。唯の好奇心だった。大体判っていたけど。
彼は僕をじっとみつめていたけれど、ふっ、と口元を綻ばせた。
笑って、いやがらせですよ、と彼は応えた。
そう、と僕は応えて、そして、黙って土手を上っていった。
本当、莫迦莫迦しい。子供じゃないんだから。大の大人が何やってるんだか。

帰ろうと歩き出してから少しだけ、振り返ってみた。ほーら、来た。丁度あいつが向こうから不機嫌そうに、その割には息を乱して走ってきて、川縁で待つ彼の傍らに降り立つところだった。黒い外套がふわりとなびいていた。少しだけ、彼らの会話がきこえた。

祭りを楽しんでるときに人を呼び出すんじゃねェ青鯖。
誰が呼び出したのさ、勝手に来たのは君じゃないか。
ンだとコラ。ほら、一回帰って着替えンぞ。祭りで酒呑まないで帰る訳にはいかねェだろ。
対して強くもないくせに。
ああ”?
ふふ。どうせ帰るのなら、君も着替えたら、浴衣。
……着て欲しいっつうなら、別に……
そうだねえ、着て欲しいかな。
……じゃあほら、早く帰んぞ。
はーい。

彼は、橋の上にいたときよりも楽しそうで、幸せそうだった。本当に、お騒がせな部下だ。こんなことを毎回繰り返すのが、素直に会いたいと云えない彼と、理由がないと会いに行く勇気がないあいつの愛なんだろう。こんな夜には、花火の下で実る恋もありそうだ。だってもう、これで100回目だから。そろそろ、いいよねえ。

あーあ、こんな子供同士の寸劇を毎回見に来る僕も相当莫迦だなあ。

僕は、あーあ、とため息をついて、その口直しに林檎飴でも食べよう、と、くるんと回れ右をした。そして先刻買ったヨーヨーで遊びながら、僕もあの人の為に浴衣でも着てみようかなあ……なんて考えた。先刻、真面目な顔をして可愛らしい猫のお面を購っていたっけ。

丁度そのとき、頭上でどん、と音がして、光が散った。


夜空には大きな炎の花が咲き、その下では小さな愛が実る。
浮き世からほんの少し離れれば、そこは、美しい夏の夜。

えんど