「ちょっと出かける」
暫くした後降りてきた嵜は、廻間たちにそう言い残すと、家を後にした。
みるからに、買い出しに行ったのだろう。ご丁寧にエコバッグを持っていた。
それを追うように、凪がフラフラと階段を下りてきた。
顔色が随分悪い。今にも死にそうな顔だった。
「ちょっと凪!?寝てなくていいの?」
「腹…………減った」
ボソボソと小声で喋るその様子から、かなりだいぶ参っているようだった。
廻間はそれでも凪を部屋に返そうとするが、なかなか戻ってくれない。
曙も持ってくるからと説得したものの、それでもうんとは言わず、台所に立とうとした。
「お前らが………作ると…………大抵…………ダークマターになってくるから…………作った方が………マシなんだよこんちくしょうが…………」
と、一言いうととたんに二人は押し黙った。図星だからである。
廻間が作ると大抵料理の原型がないし、曙は曙で、材料からして間違っている。
そして嵜なのだが、嵜もまたダークマターを作ってくるので、どんなに体がだるく、飯が食いたくても食えないので、自分で作った方がマシなのである。
「「(ごめんよ凪)」」
二人は心の中でそう凪に謝った。
☆
所変わって、ここは桜庭高校。
特に変わったものはない、至って普通の県立高校である。
そんな高校3年のとあるクラスに、広報部部長一ノ宮 鬨(イチノミヤ トキ)はいた。
いつもなら、朝の今はせわしなく情報を集めにしつこいほどクラスメイトに聞きに行くのだが、今日に至ってはそんなことはなく、逆にどこか落ち込んでいた。
「今日に限って凪が休みだなんて…………ついてないわ」
そう、落ち込みの原因は凪。
凪が突然の体調不良で学校を休んだと聞いてから、ずっとこの調子なのである。まさに乙女。
一ノ宮は快晴の青空を見上げ、ふうっと溜め息をつく。
「鬨、溜め息ついたら幸せ逃げるよ」
「それもう9回目よ聞くの」
親しい友人がそう指摘すると、一ノ宮は呆れたように返事をした。
その友人はありゃ、という顔をして、小じわが増えるよ、とだけ言い残してその場を去った。
いつもなら一ノ宮は慌てて鏡を取り出し、顔を確認するのだが、今日という今日は本当におかしい。慌てることすらないのである。
「明日来るかな…………」
一ノ宮はそう呟きながら、授業の準備をした。
その様子を見ていた一人の男子生徒が、一ノ宮の元へとやって来た。
少し乱暴そうな見た目で、制服をかなり着崩している少年。
凪や一ノ宮のクラスメイトであり、巻き込まれ気質な不幸な少年、館内正人(カンナイ マサト)である。
「一ノ宮、具合悪いなら保健室行ったらどうだ?」
「あ、館内くん。ううん、具合が悪いわけじゃないの。ただちょっと、悩みというか…………」
「俺で良けりゃ相談乗るけど」
「えっ!?ああ、えと………その」
実は、と言いかけたところで運悪く予鈴が鳴ってしまう。
館内は頭をかきむしりながらも、また後で聞く、と言って席に戻っていった。
一ノ宮は深いため息をついて、授業に臨む事となった。
☆
時所変わって廻間邸、現時刻午前11時を回った時。
凪は近くのソファで、ぐったりと体を投げ出し、唸りながら寝ていた。
廻間や曙はそんな凪を不安そうに見つめていた。元はといえば廻間が悪いのだが。
「ねえどうする曙?嵜に電話かける?」
「もうすぐ帰ってくるんじゃない?」
「いや出かけてから一時間かかるんだけど」
「あー………それはそうだけど」
そんな会話が聞こえてたのか、凪はそちらへと目を向け、かつてないほどの睨みで
「黙れ」
と言い放った。
顔色の悪さも相まってか、睨みが半端ないものになっていた。
またとたんに二人は押し黙った。
沈黙が部屋を包んでしばらくした時だった。
「ただいま」
と、扉があき、嵜が帰ってきた。
その声を聞いた途端に、ぱあっとふたりは明るくなった。
「おかえり嵜!」
「あと凪をどうにかして!」
と嵜のところへかけてやってきては、口々にそんなことを言った。
嵜はそんな二人を押しのけて、袋をがさごそと漁ると、凪に四角い箱を差し出した。
「飲んできな。楽になるかもよ」
「…………サンキュー、嵜」
凪はそれを受け取り、嵜に礼を言うと、フラフラと台所へ向かった。
廻間たちは嵜に聞いた。
「何あげたの?」
「頭痛薬とがその他諸々」
そう言うと、嵜は階段を上がり、自室へと戻っていった。
それをただ呆然と見つめるだけの、廻間と曙。
「その他諸々………?」
「ある意味双子しか分からないものかもしれないよ」
「いやでもその他諸々は無理あるって………」
廻間の一言:今日も双子は分からない。
To be continued