官能小説(オリジナル18禁小説)
- Re: 創作BL短編等 ( No.2 )
- 日時: 2025/07/06 09:33
- 名前: 四阿
「七瀬 和泉の見解」/七瀬 和泉・端幡 燈香×花咲 彩葉
カフェの昼営業が終わり、夜営業に向けた仕込み前の休憩時間。カウンター席に座って後ろを向き、ぼうっと一点を見つめる僕の雇用主。と、その視線が注がれる先の男。
閉店しているにも関わらず席に座って何かの作業をする彼は、ここの従業員ではない。なのにこうして居座ったり、時には店の手伝いにも回っているというのは、つまりそれだけオーナーが特別扱いをしている事の表れで。しかし、それを訊こうが決まって「同居人」としか言わないのだ。
その癖いろは、と呼ぶ声は、自分や他の従業員の名前では、聞いた事のない甘さを伴う。
以前彼と、食材の買い足しにスーパーまで行った事があった。
にこやかで話が上手で、道中気不味くなるような心配もすぐになくなって。…だから、少しだけ踏み入ってしまって。
「あの、…花咲さんとオーナーって…付き合ってる、んですか」
「ええ?ないない!」
彼は驚いた顔をして此方を向いた。しかしへらりと笑った後は少しだけ俯いて、自ら否定、をした事にどうしてか傷付いているようにも見えるような、寂しそうな表情に変わった。
「…あいつはそんなんじゃないよ。もっとこう……薄い、っていうかさ」
それにはそうですか、としか言えなかったが。
声色が下がっているのが分かりやすい。やっぱり言い切る割に寂しいんじゃないか。
寂しい、だろうにこの男は。
(……マジで、何処がだよ)
彼を見つめるオーナーの目。燃えるような視線を、それを送る意味を、僕だってよく知っている。
自分がかつてそうだったように。
死ぬ程の幸せを望んだように。
この人だって、本当は。
「…燈香オーナー」
「あ?」
「あんた、別に薄い訳じゃなくて、あの人の前で"それ"出さないだけですよね」
あの時の花咲さんと同じような少し驚いた顔で此方を見る。
どうしてそんな二人して、自分の中にしまい込んでおいたのに、とでも言うような表情が出来るんだ。
人の心の機微等に敏い自覚は確かにある。
オーナーも花咲さんも、抑え込んで抑え込んでこれなのだろうと分かる。でも外野に伝わるようでは隠しているなんて言えないだろう。
隠し切れない程、きっと本気なんだろう。
「はッ……、で?それがどうした」
分かりやすい空笑いの後、ふっと背を向けてその先言葉は続かず黙る。まるで品定めでもするようでいるが、しかし此方の言葉はあまり待っていないようだった。
「どう、って」
「あいつはこんなモン知らなくて良いんだよ」
相手が食い気味に口を開く。先に感じた通り、訊く癖に言葉は大して求められていない。反射的に何かを言おうとしただけで実際頭には適切な台詞なんて浮かばなかったから、それは別に構わないのだけれど。
オーナーは立ち上がって再び此方を向いた。身長がある分座っているより威圧感が増して、決して優しい顔つきだとも言えない人だから、どうしても重い雰囲気を纏っているように見えるのは仕方のない事で。
仕方のない事だが、しかし。
「わざわざ人の恋路に口出す位なら、お前もその体たらく何とかすれば」
しかしそれは、仕返しというにはあまりにも、鋭すぎるんじゃないか。
「……煙草吸って来ます」
逃げるように、でも静かに落ち着いてそう言って裏口の扉へ向かう。今度こそオーナーは何も言わず、ひらりと片手を上げて了承を示していた。
ポケットから煙草とライター、携帯灰皿を取り出す。中々つかないライターに変な焦りを感じながら、カチカチと音を立てる。漸く火をつけた後は、いつもより少しだけ長めにふかしてみたりして。
甘い香り。苦味を通って、香りとはまた少し表情の違う甘味。
ああ、何だか、すごく。
言いようのない不安を感じたからなのか、彼等に当てられたからなのかは分からないが、気付けばまだ冴えない頭でスマホを取り出し、メッセージを漁っていた。
『ねえ夕凪』
『今日の夜会える?』