官能小説(オリジナル18禁小説)
- Re: 創作BL短編等 ( No.3 )
- 日時: 2025/05/12 23:24
- 名前: 四阿
「羽化」/端幡 燈香×花咲 彩葉
「燈香、今日何」
目の前の男が訪ねる。
「…炊き込みご飯と味噌汁と、あと何か…付け合わせあんま決めてねえ」
それに自分が答える。
変わらない、いつもの会話。学校が終わって、二人でスーパーに行って、俺の家で夕飯を作って食べる。その、家に着いた開口一番。
「あー、さっき買ってた小さい帆立!あれ使うの?」
「そ。安かったろ?美味い出汁も出るし、彩葉も好きかと思って」
炊き込み用と味噌汁用、欲張って二つ買ったパックを袋から取り出す。彼は楽しそうに笑って、冷蔵庫に使わない食材をしまってくれた。
もう随分勝手が分かっていて、何処に何を入れるとか、これはすぐに使うだとか、そんな判断も容易いようだ。まるで一緒に住んでいるみたいだ、と。そんな風に頭に浮かべる事が、最近は増えてきてしまって。
この時間を、彩葉を、大切にしている。勿論、汚さない為の引き際は守ってきた。
劣情も何も押し込めて、表に出すのはいつだって優しさであるように。
綺麗なグラスを、手袋を着けて丁寧に磨き上げ
るように。
「…あー……悪いんだけど、飯炊けたら起こして「くんない?」
此方の仕込みが終わり、炊飯器のボタンを押したのを確認した彩葉が少しだけ目を擦る。テスト期間もあって疲れてしまったのか、ふにゃりとした笑顔でソファに座って。
だから俺は何も言わずに寝室に行き、毛布を持って戻り彩葉の体にかけてやる。だって風邪をひいてはいけないから。…こいつの環境を、分かっているから。
「お前は優しいよなあ」
彼が目を閉じたまま、とろとろと柔らかな声を出す。
当たり前だろ、優しくしてるんだ。そうしなければいけないと思うから、お前にいっとう優しくしてるんだ。それでなければ、家に上げたりなんてしない。
「…そうでもねえだろ」
当然そんな事は言える筈もなくて、ぶっきらぼうな口を開く。今度はふわりと目を開いて、しっかり此方を見た。
「いいや、優しいよ。…本当、誰にでもそうだろ」
腹の底がざわつく。眉をほんのり下げる彩葉を、見つめる事しか出来なくて。
「お前、よく周りの手伝いとか、重そうなモン持ったりとかしてあげてんじゃん。女子からの人気案外高えんだぜ、知ってた?」
足元からぞわぞわと何かが駆け上がり堪らなくなる。理性が、全力で警報を鳴らしている。
「何かさ、今こうやってお前ん家で飯食わせて貰ってるけど、優しさはそんな特別な訳じゃねえのかもって」
やめろよ。もう、頼むから。これ以上は。
待って。待てってば。
そんな、
「そしたら、俺だけなら良いのになって思っちゃって」
酷く傷付いた顔をして、どうしてそんな事が言えた?
もう駄目だ。これは駄目だろ。全部、こいつが悪い。
ずっと大切にしていた男の上に跨る。上体を倒して顔を近付けて、頬を掴んで、それから。
「お前が、おまえがほんとうに、俺のものになれ
ばいいのに」
情欲が声に乗って漏れ出ていく。必死に押し込めていた物が形を成して、喉の奥から這い上がっていく。
ああ、どんなに丁寧に扱っていたって、壊れるのは一瞬だ。
自分でも手垢の一つさえ許さなかったグラス。を、今から舐めて噛み砕いて、呑み込んでしまおうと。
夕飯の時間だから腹が減ったのだ、仕方がない。
そう割り切るにはあまりに心が未熟で、どうしようもなく泣きたくなった。