官能小説(オリジナル18禁小説)
- 当たり前が壊れた世界
- 日時: 2020/12/13 21:54
- 名前: 夕立
目の前にいるのは、全く知らない、今日初めて見た男の人だ。
名前も年齢も知らない。僕よりは確実に大人の人。
ほんとのほんとに、知らない人なんだよ……?
「じゃあ、始めようか」
「い、いや、その……イヤです……!」
僕はこの人に、犯される寸前でいる。
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学校の帰り、僕がある悩みを抱えてボーッと歩いていると、この男の人に衝突してしまった。
前ではなく地面を見ていた僕は悪い。けど、不注意だったのはこの人も一緒。お互いに謝って、その場は終わるはずだった。
なのに。
『君、東高の子?』
唐突に高校を聞かれた。制服を見て判断したんだろう。それは良いけど、なんで聞いてくるんだろう。
とりあえず、戸惑いながらも僕は肯定した。
『俺も出身校、そこなんだ』
『……そ、そうなんですね』
『奇遇だね』
『そう……ですね』
何が言いたいんだろう。そのまま別れるのは気まずいから適当に話をしてくれているのかな。
僕は……人見知りだから、あんまりそういうのはしなくて良いのに。逆に緊張して逃げたくなる。
『何年生?』
『え……? に、2年です……』
これは……言っても良かったのかな……見ず知らずの人に高校と、学年まで明かしてしまって……
『そうか。……この後は帰宅するだけ?』
『はい……そう、ですけど……』
何だろう、何だか、イヤな予感が……
『1時間。君の1時間、俺にくれない?』
『……はい?』
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「逃げようとしないで」
「イヤなんですってば……!」
「往生際が悪いな」
「初対面でヤろうとしてくる人に身体を預ける人なんて誰もいないです……!」
あの言葉を理解する前に僕はいわゆるラブホテルに連れてかれて、襲われる寸前に部屋内を彼に捕まらないように必死に逃げ、今は風呂場の扉に全体重をかけて、彼が入ってこないようにしている。
だけど、所詮大人の力に学生が敵うわけがない。
「ぅぁ……!」
開けられた。力づくで。
イヤだイヤだ。やっぱり男の人に身体を重ねられたくない。しかも初対面、どんな人かわからない。
助けて……同性同士なんて、絶対に絶対に経験したくない……!
「時間稼ぎはもう良いだろう?」
「あ……い……いや……」
「10分もお預け食らったんだから、遠慮はしないよ」
「ぁ……」
なす術なく座り込んでしまった僕に、目線を合わせるように彼がしゃがみ込んで、左腕を僕の首後ろに回し、右手で顎をクイと持ち上げた。
よくよく見ると、顔は良い人なんだ……綺麗な蒼色の瞳に、前髪は目にかかるくらいのストレートで髪色は濁った金。左の目元に黒子がある。
黒髪黒目で顔に何の特徴もない僕とは正反対だ。
「君はただ素直に感じているだけで良いからね」
彼の右の親指が僕の唇に触れる。
僕はただ、唇を震わすことしか出来なかった。
間もなく、彼との深い接吻が行われる。
その間、僕は自然と呼吸が止まっていた。
ただ無意識に、無感情に、時が経つのを待っていた。
それから後のあれやこれやは全てこの風呂場で執り行われた。
体温が異常なくらいに上昇したのとシャワーの音が終始絶えなかったことは覚えている。
あと、男の人からされるキスが思ったよりも甘く、溶けそうになることを知った。
教えさせられた、のかもしれない。
何だか、物足りないと、思ってしまった。
「ふぁ……」
「お疲れ様。気持ち良かったよ」
「はぁ……はぁ……」
完全に力が抜けてしまって、立てそうになかった。
今はシャワーの音もなく、彼から何をされているわけでもない。
地獄の時間は終わった。でも。
助けは、彼以外に求める他なかった。
「時間だから出ようか」
「立て……ないです……」
「なら、立てるまで待つことにしようか。その代わり、延長料金は君に払ってもらうからね」
僕をこんなにさせといて。
どこまで酷い人なんだ。
「まあでも、君が欲しがるようなら、この延長中に口付けくらいはしてやっても良いよ」
どこから目線……それに、僕が欲しがるとか、そんなことあるわけない。
散々、イヤがったのに。
「欲しい……」
……え?
「ふっ、正直だね」
えっ……? なんで……?
なんで僕、欲しがってるの……?
違う……違うよ……?
こんなに苦しかったのに。やっぱり僕は同性同士なんか……
「くだ……さい……」
「素直に認めれば楽になれるのに……良いよ。落ちるところまで落としてあげる」
彼はわけのわからないことを僕に告げてからもう一度、さっきよりも長く、深いキスをした。
自分から舌を入れに行ったのは、本当に意味がわからない。
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男女比が9以上:1未満となったこの世界。
そうなるとバイセクシュアルの男性は自然に増えていく。
恋愛対象が同性であることを望む。
俺はそのことに対して否定的な感情を持ってはないし、むしろ恋愛感情を抱くのは生きるうえで必ず経験すべきことだと思っている。言ってしまうと美しいものだと思っている。
だが、その同性愛を持つ自分自身を忌み嫌う人は少なくない。全ての人の先祖は、男は女の人と、女は男の人と結ばれるのが当たり前な社会で生きていた。その当たり前だった概念を今でも意識している人にとってこの現実は、簡単に受け入れることは出来ないだろう。
ただこれは抗えない。どんなに足掻いても、誰が子を産んでも、女性が生まれることはなくなってしまった。そして、男性同士での妊娠が出来るようにもなっていた。脳にどんな変化がもたらされたのか、男の身体に何があったのか、こうなった原因は全く以てわからないが、今はこういう世界なのだ。
彼は同性愛を酷く嫌っている。だが、彼の内面はバイセクシュアルである。そしてそのことに否定の感情を抱いている。
一目見てわかった。彼は《同性とではなく異性と結ばれたい》という表の感情と《同性同士で結ばれることでしか生涯の孤独からは解放されない》という裏の感情を併せ持っていることに。
別にどっちに傾いたって構わないが、2つの感情を抱えていることに苦しんでいる姿を、見過ごすわけにはいかなかった。
早めの決断をさせて、彼を楽にさせたかった。それが初対面で彼に手を出した理由。
酷く拒んでいたが、キスや身体を重ねている間はどこか安心した表情をしていた。
直に彼の悩みは解決するだろう。このまま変な入れ知恵さえされなければ。
「あ、の……」
「どうかした?」
脱がした服を着せている最中、彼が恐る恐る問い掛けた。
「僕の……この感情は……おかしくない、ですか……?」
「どういった感情?」
「……欲しい……って、思う感情です」
……あぁ、彼もそっちに転がってしまったんだ。
仕方ないか。俺が相当なヤり手だから。
「おかしくないよ。けど、俺はもうこれ以上、君に何もしてやれない」
「……どう、して」
「俺の役目は、特定の誰かと長く付き合うことじゃないから、かな」
「役目……?」
「じゃあ、俺は行くよ。延長料金も俺が支払うから安心して。……相手、ちゃんと見付けるんだよ」
「え、あ……」
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俺は、2つの感情で苦しんでいる青少年以下の子に、潜在的に誰もが抱いている同性愛を認めさせる役割を担っている。そういう仕事をしている。
だから、一生の相手を作ることはない。
それで良いと思っている。
俺は、人を救いたいんだ。
どれだけ自分が不幸になろうと構わない。
たとえ、隣にいるだけで心臓が高鳴って、一生手放したくないと思える人が相手だったとしても。
俺は、それでも、その子には傾かない。
けど、なぁ……
「名前くらい、聞けば良かったかな」
今回ばかりは、後悔、しそうだ。
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