大人オリジナル小説
- ごめん、やっぱり無理だった。
- 日時: 2012/10/06 18:21
- 名前: 楠
はじめまして楠です。
どうだろう、スレ立ってるだろうか?
突然書きたいような衝動に駆られたので書かせていただきますね。
えっと…内容的には他の人と比べて「はぁ?これ社会問題?あほくさ」とか「描写が軽すぎますね、もっと徹底的に」とか思われてしまってもおかしくないくらい軽いです。
しかも、突発だからどれくらい続くかわからないという。
自己満足で終わるかもしれないですね。
とりあえず、1スレはこれくらいでいいですかね。
次からちょこっと内容書きます。
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- Re: ごめん、やっぱり無理だった。 ( No.2 )
- 日時: 2012/10/30 19:43
- 名前: 楠
どうも、誰にも呼ばれていないのにまた書きます楠です。
いやもうね、他の人の作品読んでいたら私の文章ってとんでもなく恥ずかしいですねぇ、羞恥で頬が真っ赤です。
さて、この一人語りをしているのは桜という役の子なんですがね、実はこの子が私!ではないんですよねー誰も聞いてないですよね、うん。
まぁその辺はいいや、関係ないですしね。
でも、この桜という子と私もちゃんと同じ部分があるんですよねー
まぁその辺はきっと詳しく書かれるのでわかっちゃいますね☆
どうでもいいですね、はい。進めましょうか。
いやーしかし、こんな私の話なんて読んでくれる人いるんでしょうかね?
自分で不安になっちゃいますよ、自己満小説擬きですけれどね。
さてさて、じゃあ始めましょうか。
スクロールからどうぞ!
内容少ないですけどその辺はご容赦願いたいです。
****
当然いじめられていれば、誰も傍になんて居てはくれない。
それが正しいことだということは私がよく知っている。
ここに来る前の学校で、私は見て見ぬふりをし媚を売っていたからだ。
媚びへつらい楽しくもないのに笑い。
それはまさしく従者。
リーダー格の女子に怯え、ただ自分が切られないようにとごまをすり続けた歴史に名を残す従者。
だからわかっていたのだ、誰も私に隣人愛等くれないことを。
そんなことを考えながら、今日もまた湿った椅子に腰を下ろす。
くすくすという笑い声が聞こえたが、そんなものに構っていられるほど私の心は寛大ではなかった。
きっとこのまま運命というものは廻り続けるんだろう。
残酷にも人を嘲笑いながら廻る。
私は、運命というものが大嫌いだ。
もしも運命というものが私の人生を決めているとすれば、私は一体何のために生まれてきたのだろう。
例えば。これもまた例えば話であって、実際起こっていようがいまいが私は公に出す気はない。リスクを恐れてのことだ。
例えば、人の生というものが、昔々の時代のように「授かった」頃ならば、大切に扱われるべき命だったかもしれない。
しかし、この発達した世の中で、一体どこの誰が「授かった」等というだろう。
今の世界、子供というのは「作る」ものだ。
「作る」「造る」「創る」
どれにせよ、意図して生まれさせてくるのだ。
神もへったくれもない。
それでも、子供が欲しくて、だというのならまだ愛されるだろう。
私の場合は、違ったのだ。
ちゃんと親にも言われた、間違いのないことなのだ。
「あんたはね、ただの快感の副産物だったのよ、気付いたときには中絶できない大きさになってたって訳」
母親に、愛情を貰ったことがなく、他の子からしたらどうやらおかしかったらしい我が家。
ふと気になって私はどうして生まれたのか、と問えば、こんな風に切り返されたもんだからひとたまりもない。
ゴムがどうこう、あのときは仙台に居ただの、旅行話を聞かされたのだが私からしてみればそんなのどうでもよかった。
まぁ、その話をする母がえらく饒舌だったことは覚えている。
ただそのときにはっきりとわかったことがあった。
私が生まれるべくして生まれた人間とは違うということを。
そうして、私は神様を恨んだのだ。
こんな人間が生まれることすら運命だなんて、あまりにも残酷ではないだろうか。
生まれるべきではなかった。
だから、運命なんて大嫌いだ。
後ろから痛いほど飛んでくる消しゴムを無視しながら授業を受ける。
教師は嘘つきだ。
私の編入当初に渡されたピンク色のリボン。
それは今も尚セーラーの制服の胸ポケット部位にちょこんとつけられている。
このリボンには意味があると校長先生はいった。
生徒会が決めた校則の一部であるらしい。
校則には、こう書いてあった。
「ピンクの色は人の心を落ち着け、優しくしてくれる。
常にその色を胸に掲げることで我々生徒会はいじめを無くすことを宣言する。
つまりいじめ撲滅運動をするということだ」
馬鹿馬鹿しいとは思っていたが、その子供のようないじめ撲滅運動に携わっていた先生達はみんな私を見ないことにしていた。我が校にいじめなどないと、学校誌にも書かれるほどに私の存在は否定されたのである。
所謂ただの孤立に対する冷やかしであろうとたかをくくっていたのだが、最近の子供の精神発達事情からはそうもいかず、エスカレートしていったいじめ(認めたくないものではあるのだが致し方ない)に心身を痛め付けるようになったのは言うまでもない。
救うような人はおらず皆遠目から見、顔を歪めるもただそれだけであった。
毎日が同じことの繰り返し、一体どれだけこのような状況にいればいいのか。
毎日が退屈だった私に、ある事件がおこったのである。
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