大人オリジナル小説

バディ・ボーイ
日時: 2014/04/17 22:42
名前: TAKE

 シリアス・ダーク板で書いていたのですが、最近こっちの板の存在に初めて気付きまして。社会派の内容が多いので、こちらで書かせて頂こうかと思います。

 20世紀初頭のアメリカで、黒人に育てられた白人ブルースマンの物語です。

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Re: バディ・ボーイ ( No.5 )
日時: 2014/05/03 21:18
名前: TAKE

 3

 歌の中でしか存在しなかった恋愛感情というものを、BBが初めて覚えたのは13歳の頃だった。
 クリーニング店を営むシンディ・ロイズの一人娘であるマリッサは彼より一つ上で、大きな目とツルリとした額がよく目立つ少女だった。生まれた頃から父親のいない彼女はBBの境遇に共感を覚え、時折彼の元へと訪れ、歌を聞いていた。
「二人は、この後どうなったの?」
 いつものように歌い終わると、マリッサはそう問いかけた。
「さあね。僕が作ったわけじゃないから」ウィリーから教わった歌で、主人公と女性の顔が互いに近付くところで終わっている。「多分、キスをしたんだろうさ」
 BBの言葉に、彼女は顔を赤らめた。

 互いの気持ちに気付くのには、さほど時間がかからなかった。しばらくすると、マリッサがBBの元へと訪れる目的に、彼と口づけを交わすという項目が加わった。二人の関係は周囲の誰にも、ウィリーにすら明かさなかった。
 しかし、子供の浅知恵による隠し事が大人に通用するはずもない。以前よりもBBと時間を共にする頻度が多くなったマリッサを、母親のシンディが問い詰めた。
「恋をする気持ちは分かるけど」予感が的中し、シンディは手の平を自分の額に当てた。「もう少し、相手を選びなさい」
「どうして?」マリッサは反論した。「彼の何がいけないの?」
「あの子の人生は複雑なの」シンディは諭すように言った。「あなたの手に負える相手じゃないわ」
 往々にしてそのような説教は、子供にとっては逆効果となるものだった。マリッサはウィリーにも二人の関係を明かし、BBを育て上げた彼の慈悲深い心を味方に付けようとした。
「お前たちが恋をしてるって事は、とっくに知ってたさ」ウィリーは微笑んで言った。「その気持ちをこちらの都合でどうこうしようなんて権利を、大人は持ち合わせちゃいない」
「でも、ママはその権利があると思ってるわ」とマリッサ。「お願い。おじさんから、何とか言ってやってほしいの」
「恋に試練は付きものだ、マリッサ」ウィリーは頼みを断った。彼らの恋愛に干渉しないという事は、同時に彼らへ訪れる困難は全て、己の力で解決すべきだという事も意味していた。
 その代わり、彼は試練を乗り越える為のアドバイスを与えた。
「BBの良いところを、うんと知る事だ。そしてお前自身の言葉で、シンディにそれを伝えてやりなさい。あいつもそんな風にして、この町に受け入れられたんだ」

 マリッサは数日後、BBと一日の行動を共にする事にした。今まで彼女が知っていたのは、ギターを抱えて歌う彼の姿だけだったのだ。
 早朝、BBが窓をノックする音で、彼女は目が覚めた。
「こんな早くに、どうしたの?」
 訊くと、毎日同じくらいの時間に起きて、自分の役目を果たすのだという。
 マリッサは彼の後に付いて、畑へと向かった。
 途中の川で水を汲んだバケツと鍬を抱え、片道3マイル程の道のりを歩く。
「今日は君がいるから、距離が短く感じるよ」BBは言った。
 畑へ到着すると、彼はひしゃくで水を撒いていった。所々に、鳥や獣によって踏み荒らされた跡があり、それを見た彼は溜め息をつくと、折れた茎を引き抜き、鍬で土をならした。
「大変なのね」
 マリッサが言うと、BBは汗を拭って応えた。
「日課だからね。もう慣れたもんさ」

 畑からの同じ道のりを戻ると、BBとマリッサはウィリーの作った朝食を摂った。10時頃になると、今度は町を出るという。
「野菜を売ってくるんだ。白人相手には、白人の方が良い値で売れるんだよ」
 町で役に立つ人間として暮らす為、彼はその肌の色を活かした仕事をするようになった。
「それじゃあ、私は付いて行かない方がいいのね?」
「そうだね……残念だけど、商売の為にはその方がいい」
“商品”を荷車に乗せて向かった町で、BBは野菜売りの仕事を始めた。麦やニンジンなどを手に取り、その作物がどのようにして育ったか、どれほど新鮮かという事を歌にして伝えた。ウィリーによるブルースの教育が思わぬところで役に立ち、野菜はいつもよく売れた。
「坊や、お父さんとお母さんはどうしてるんだい?」
 時折、一人で商売をするBBを見て、そんな事を問いかける者がいる。
「農作業で手が離せないから、売るのは僕の仕事なんだ。歌うのが好きだしね」
 嘘を付いているわけではない。実際彼がこうして働いている間、ウィリーも畑を耕し、作物を育てている。これが二人にとって、最も効率的な役割分担なのだ。

 夕刻近くになり、荷車の作物がある程度無くなると、BBは店を畳んだ。そして帰り道では、持参した四つの空タンクに、水道の水を入れた。黒人はその水道を使う事が許されていなかった為、町では清潔な水を得る事が困難であり、ミネラルウォーターが密造酒よりも値が張る事もあった。汚れた川の水を飲む事で引き起こされる病気を、幾らか防ぐ事が出来るよう、こうして集めた水を持ち帰っていたのだ。無論、それを持って町へ入るところを警察などに見つかれば、処分は免れない。荷車に置いたタンクの周りを売れ残った野菜で囲み、その上から布をかけ、人目に注意を払いながら帰宅した。
 ロイズ家の前に来たBBは、朝と同じようにマリッサの部屋の窓をノックした。
「おかえりなさい」窓を開けてそう言った後、彼女は玄関から出てきた。「……そこには何を乗せてるの?」
 荷車の布をどけて、BBはタンクの中身について説明した。一軒ずつ水を配って廻るのはさすがに骨が折れるので、水汲み場へタンクを運ぶのだ。そこにある蛇口付きの大きな樽へ、中身を全て移し替える。
「あの水をあなたが用意してたなんて」二人で荷車を引きながら、マリッサは言った。「よく考えれば、これだけの量を手に入れられる人は他にいないわよね。どうして黙っていたの?」
「ウィリーの教えだよ」とBB。「功績を自分からひけらかすほど、格好の悪い事は無いってね」
「今日、あなたは自分の行いを私に話したけど、格好悪いなんて思わなかったわ」
「そりゃあ、君が知る事を求めたからさ。人から求められて初めて明かす事は、自慢にはならない」
「それもウィリー?」
「これは今思った事」
 全ての水を移し終えると、二人は売れ残りのトマトを齧った。
「帰ったらすぐ、ママに話すわ」マリッサは言った。「あなたがこれだけ人の役に立っていれば、私達の事も認める他無いわよ」
「だといいな」
「きっと大丈夫よ」
 彼らは互いのトマトを相手に差し出し、祈りを込めて齧り合った。

「知ってるわよ」
 その日見聞きした事を誇らしげに話すマリッサに、シンディはあっけらかんとした様子で言った。
「知ってる?」彼女は元々大きな目を更に見開き、それから眉間に皺を寄せた。「それなら、反対する理由はどこにあるの?」
「BBはとても素晴らしい子だと思ってるわ」とシンディ。どうやら、彼女達の考えには若干の食い違いがあったらしい。「勿論あなたも素晴らしい子よ、マリッサ。でも二人が合わさると、問題が起こるの」
「どういう事?」
 シンディは、彼女の疑問に対する答えを提示した。
「BBはこれからも、色々な苦労を抱える事になるわ。どれほど私達と仲が良くなろうとも、この町にいる限り、彼は独りぼっちなの」
 肌の色は変えようが無い。BBはこの先も、町の中に溶け込む事は出来ないのである。
「ブルースが歌えても、町の皆の為に綺麗な水を持ってきてくれても、それは同じ。いつかは、ここを出て行く日が来るわ」
 マリッサは首を振った。恋を覚えたばかりの少女にとって、最初から離れる運命にあると諭されるのは、辛い仕打ちだった。
「彼を愛しているなら、一緒に行けばいい。あなたの人生なんだから、それは自分で決めればいいと思うの」シンディはそう言いながら、娘が今まさに町を出て行こうとしているかのような気持ちとなり、一瞬言葉をつぐんだ。「……でもね、マリッサ。そうやって、いつか夫婦となる覚悟で愛し合っていたとしても、あなた達の結婚をアメリカは認めてくれない。今はそういう時代なのよ」
 彼女は、マリッサの頬を伝う涙を拭った。「BBの生活を見て、そんな現実を知った上で、あなた達の関係を真剣に考えて欲しかったの。分かる?」
 マリッサは唇を真一文字に結び、深く頷いた。
「……それでも、彼の事を愛し抜く自信はある?」
 互いを見つめ合い、シンディはじっと返事を待った。そして、彼女が言わんとするところを悟ったマリッサは、再び大きく頷いた。
「ありがとう、ママ」
 それから二人は、約束のハグを交わした。

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