大人オリジナル小説

バディ・ボーイ
日時: 2014/04/17 22:42
名前: TAKE

 シリアス・ダーク板で書いていたのですが、最近こっちの板の存在に初めて気付きまして。社会派の内容が多いので、こちらで書かせて頂こうかと思います。

 20世紀初頭のアメリカで、黒人に育てられた白人ブルースマンの物語です。

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Re: バディ・ボーイ ( No.2 )
日時: 2014/05/03 21:02
名前: TAKE



積み藁に座って歌ってると
 彼女がやってきたんだ
「プレゼントをもらうにも
 それなりの準備が必要だって知らないのか?」
 神にそう訴えると
 太陽が赤く染まった
 今まで見た事のないような鮮やかさで
 俺達を照らしたんだ

 納屋の奥で、少年は父親のギターを抱えて歌っていた。
「惜しい、そこはF#m7だ。F#mじゃない」
 前に立って聞いていたウィリーがそう指摘すると、彼は頬を膨らませた。
「どう違うの?」
 ウィリーは彼からギターを取り上げ、二つのコードを押さえてストロークした。
「分かるだろ? F#mじゃ、二人がキスする前に空が暗くなっちまう。ストーリーが重要なんだよ、BB」
 あの事故から6年ほど経つが、ウィリーは子供を育て続けていた。
 家に連れ帰った翌日、バディ・ボーイ(BB)と名付けた白人の赤ん坊を見た隣人は、悪魔の子供だと言ってショットガンの銃口を向けた。
「この子は何の罪も背負っちゃいない。突然の不幸に襲われただけだ」ウィリーは事故の状況を話し、隣人を説得した。
「白人の子供を撃ち殺したなんて事になったら、この町全体がどうなるか……そうだろ?」
 多くの町人は、BBの存在を恐れた。疫病か何かをもたらすんじゃないか、この子を探してやってくる白人によってリンチされるのではないか……。そんな考えから、ウィリー自身をも遠ざけるようになった。
 なんとか彼らの不安を取り除き、仲間として認めてもらわなければならない。そう考えたウィリーは、元気に歩いて言葉を話すようになったBBに、苗の植え方を教えた。村の役に立っているところを見せなければ、誰かが彼を殺そうとする。そんな事態だけは何としても避けたい。
 これは、ベッシーを守る事が出来なかった自分に与えられた試練だ。ウィリーはそう思い、彼を守り抜く事に決めたのだ。
 しかし、その試みもなかなか上手くはいかなかった。黒人が白人を働かせているその光景は周囲からますます奇異に映り、余計に不安を煽る結果となったのだ。
 苦悩の日々は幾年にも渡って続いた。息子を奇妙な差別から守り続けながら、食わせてやる為に働くのは、容易ではなかった。ベッシーと神に祈りを捧げる事を日課にして、心を見失わぬよう努めた。
 どうすれば、彼は町に受け入れられるのか……。ある時、ウィリーは彼にブルースを教える事にした。抑圧によって育て上げられた文化を身に付ける事で、町人との心を繋ごうと考えたのだ。
 最初は手拍子に合わせて歌うところから始めた。ウィリーの歌は、ベッシーとの思い出によって成り立っている。彼女との出会いや愛、仲違いや死別。それらの要素がメロディと歌詞に込められていた。
 慣れてくると、納屋で仕事をしながら、作物になぞらえた歌を即興で作る練習を重ねた。手の平がギターのネックを握る事が出来る大きさになると、ボディのニスが剥げかかった自分のギターと、ウィスキー瓶から作ったボトルネックを貸し与えた。
「どうして僕の肌は黒くないんだい?」
 BBにとって、自由に外を出歩く事が出来ない白い肌は、コンプレックス以外の何物でもなかった。
「俺達にとっちゃ、贅沢な悩みだ。ニガーってだけで、町の外じゃまともに用を足す事も出来ん」
 勿論、ウィリーの中にも白人に対する憎しみはあった。かつて全てを奪われた相手と同じ人種を、自分の手で育てている事に抵抗が無いといえば嘘になる。しかし、憎むべきはあくまであの四人のリンチ執行人であって、隣にいる小さなブロンド少年じゃない。願わくば彼の存在によって、黒と白がカフェラテみたく平等に溶け合う社会にならないかとも考えていた。
「そういう事を歌にするんだ」ウィリーは言った。「ブルースで訴えろ。ちゃんと自分を見てくれってな」

 その日、ウィリーはBBを酒場へ連れて行った。国家禁酒法が定められるよりも前から自家製の蒸留酒を振舞い、男たちのたまり場となっている店だ。タバコの煙でくすんだ室内の一角にスペースがあり、気の向いた客はそこで歌えるようになっている。
 二人が入ってくると、店のざわめきが一斉に止んだ。黒人の大人がたむろす社交場に、白人の子供はまさしく正反対の存在だった。それでなくとも二人はいつも、偏見の目を向けられているのだ。
「何しに来た?」カウンターの店主が訝しげな顔で言った。
「まあ、そう睨まないでくれや」とウィリー。「こいつが、皆に言いたい事があるんだと」
 彼はBBの小さな肩をポンと叩き、右手に持っていたケースからギターを取り出して渡した。
「歌うってのか? その白んぼが」カウンターで呑んでいた客の一人が言った。
 その言葉をきっかけに、店の中が嘲笑に包まれた。
「こいつぁ傑作だ!」別の客が言った。「年上の召使いを連れた白人様が、貧乏人の俺らに何の御用で? 陽気なカントリーでも歌うってのか」
「酒がマズくならぁ」また別の客が言った。「場をわきまえるって事を知らんのか」
「今は気にするな」口をつぐんで震えるBBに、ウィリーは言った。「黙るまで歌ってやれ」
 BBは体に似合わないサイズのギターを抱え、スペースの空いている一角へと向かった。
「おい、ウィリー。いい加減にしねぇとタダじゃ済まさんぞ」
 詰め寄ってきた店主に、彼は懐から取り出した銃を向けた。
「いいから、ちょっと黙ってろ」ハンマーを下ろし、タダじゃ済まさないのは自分の方だと示した。「ほんの子供が一曲歌うってだけだ。平和にいこうや」
 店は再び静寂に包まれた。
 その瞬間を見据え、ウィリーはBBに目線を送った。それに頷いて応えた彼の小さな手が、錆びた弦に触れる。

僕には目と耳が二つ
 鼻と口が一つずつある
 僕にナイフの刃を滑らせれば
 そこから赤い血が出てくる
 悲しい時には涙が出て
 褒められると嬉しくなる
 僕は両親を覚えていない
 ウィリーに教わった事しか覚えていない

 あなたと違うのは白い肌だけ
 お気に召さなければ泥でもかぶるさ
 あなたと違うのは白い肌だけ
 心はあなたと共にありたい

 短い歌だった。
 当たり前の事を、BBはその幼い声でシンプルに歌った。
 ウィリーは銃を下ろし、店にいる町人へ問いかけた。
「あんたらの返事が聞きたい。俺の息子を、明日からも目の敵にするのかどうか」
 店主と客は、ウィリーからBBへ目線を移した。そして少し間が空いた後、静かな拍手が彼に贈られた。

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