官能小説(オリジナル18禁小説)
- 生命の樹〜少女愛者の苦悩
- 日時: 2015/08/12 10:27
- 名前: 斎藤ロベール
緑川巧人(みどりかわ たくと)は仕事を終えた電車での帰途にあって、すでに帰ってから飲むべき酒の種類と、今晩見るべきインターネットのサイトとについて、頭の中で物色していた。今日は少し早い帰宅だったから、読経をすぐして風呂に入ればゆっくり飲めるだろうと思った。緑川は毎朝神に祈り、毎晩読経する習慣だった。先祖や家族や同僚の社員、また知人の幸福を祈らなければ、何か相手に対し自分が悪く思われるとともに、そうしないことは不安でもあった。
緑川は嘘をつかぬよう努め、人の悪意に善意を返すことを日々の心得としていた。カバンには必ず何かの宗教書を入れていた。三十過ぎでまだ独身だった。郊外のアパートを借りて住んでいた。
電車内の吊り広告がふと目に留まった。雑誌の広告で、見出しの一つに、「小学生女児、全裸で保護」とあった。疲れていた緑川は感情を痛く刺激された。そしてそんな場面に出くわしたいものだと思った。雑誌の名前を確かめて、あとからコンビニで見てみようと思った。
座っている緑川の前に、塾帰りらしい女子高校生の一団が乗ってきて立った。初夏のことで、薄着に短いスカート、脚や二の腕の肌がまぶしかった。いろいろなにおいが鼻をかすめた。美しいが、重いと緑川は思った。
いくつかの駅が過ぎて、車内は空いてきた。停車中、今日も昨日と同じワインにしようと緑川は決めた。降りるまであと三駅であった。
電車がまさに出ようとするとき、女の子供が駆け込んできて緑川の隣に座った。汗を随分かいて、息が切れていた。長く走ってきたらしい。外国人だった。どこの出身かわからない混血の顔をしていた。小学校の五年生くらいだろう。緑川には、この思いがけない出来事が天の恩寵と感じられた。そしてワインのことをすぐに忘れた。子供はスカートのポケットからハンカチを取り出して、額や首、わきなどの汗を拭き始めた。息はまだ切れていた。前かがみになって頭を垂れたので、緑川はその背中から子供を観察することができた。シャツの背中に浮き出た背骨が亀の甲羅を思わせた。子供の体の軽やかさは、緑川の気持ちをも明るくさせ、仕事の疲れをも忘れさせた。
その子は、緑川の降りるひとつ前の駅で降りた。やはり走って出て行った。その時子供はハンカチを落としていったが、声をかける間もなかった。緑川は拾ってハンカチを自分の背広のポケットに入れた。それは湿って重いほどだった。
帰宅した緑川はすぐそのハンカチを出して嗅いでみた。濃い汗とわきがのにおいに脳天を射られる思いがした。ワインも読経もあとにして、緑川は高ぶる自分をまず慰めた。
- Re: 生命の樹〜少女愛者の苦悩 ( No.12 )
- 日時: 2015/08/28 17:09
- 名前: 斎藤ロベール
早朝、目を覚ましてみると少女は既にいなかった。いつ寝たのかさえ覚えていなかったが、あまり気にしないことにして、緑川はシャワーを浴びに風呂場へ行った。
脱衣かごの中に少女のきのうの下着があった。キャミソールとかいう上に着る襦袢のようなものもあり、どちらも湿っていた。緑川はそれらをまずビニール袋に入れてからシャワーを浴びた。
シャワーを出てふとカレンダーに目をやると、土曜日に色鉛筆で丸がしてあって、「この日に来ます!」と書いてあった。しあさってである。
駅に向かう出勤途中、猫が車に轢かれていた。ひどい轢かれ方だった。人通りがあったが、緑川は構わずその死体を抱き上げて、少し離れた草むらに横たえた。それ以上のことができないのを歯がゆく思いもしたけれど、片やこれで充分だと感じ、片や自分に葬る資格がない気もした。緑川は、猫と猫の帰るべき家の家族とのことを思って短く経を唱えた。
朝の混んだ電車に運良く座れた緑川は、鞄からドストエフスキーの読み掛けを取り出し、読み始めた。なん駅か過ぎたところで男に声をかけられた。職場の上司であった。緑川は、しまったと思った。この上司は良い人だったが、会社へ行くまでの「自由な」時間に職場の人に会うことで、緊張が入るのが緑川には苦しかった。この時、少女の下着を穿いてくればよかったと思い、例の、ブラジャーを着けて出勤するサラリーマンの気持ちを完全に理解したと感じた。ドストエフスキーではだめで、肌に密着して確かめられる自由の所在が必要なのだ。
下車してまだ時間のある早さだったから、緑川はコーヒーを飲んでいくことにした。上司は、俺もそうするかと言って緑川に付いてきた。緑川はもはや自由を諦めて、上司に誠意で向き合おうと心に決めた。するとここからドストエフスキーが別な自由のように緑川の助けになった。
金曜日、緑川は同僚たちと街で飲んで帰宅した。この三日間、少女には会わなかったのである。少女の下着を手放すことはなかったが、多分に犯罪に関わるような少女との付き合いから離れ、ズザンナに気持ちを告げることに集中できるすがしさを緑川は感じた。同僚との飲み会で下品な会話をすることは控えていたから、緑川は少女との関係を口に出さずに済んでいた。
少女と過ごす夜はいつもほとんど記憶がない。そこで狂ったことが進んでいるのは事実である。しかし、もし酒を飲まなかったとして、緑川があの少女に今より良いことでもしてやれたのか。何もできず、関係さえ生まれなかったに違いない。そして少女の境遇はそのままだ。出会わない方が良かったとは、他人事の発言である。緑川は、すっきりと納得のいかぬ複雑な気分だった。少女の親がこれを知ったら自分は犯罪者として捕まるだろう。ただしその時には親を告訴して、少女を幾分か救うこともできるかもしれない。それも少女の方から翻って、緑川を訴えに出たなら何にもならない。そしてそういうことは、世間を見ても充分ありうることだった。
ワインを開けた緑川は、これまでに少女が残していった物を並べてみた。普通、女の子にとっては汚物であるそれらの品々が、光彩を放って緑川の男の欠損に改めて刺激を与えた。これを手放せる自信が緑川にはなかった。ズザンナに同じものを求めるずぼらさもまた、自分にないだろうし、あってはならないと思った。だからこの「汚物」は自分の一部にとって宝であり、少女はその金の卵を産む鶏ですらあると緑川は捉えざるを得なかった。
本当はこんなものより、少女本人を求めて良いはずであったが、その時の記憶のない緑川であってみれば、どうにも致し方がないことだった。
ズザンナに渡す手紙はもう出来ていた。酔った緑川は、夜中にそれをとなりのポストに入れてしまった。それからインターネットのサイトを閲覧した。緑川は座ったまま、それらのサイトの夢を見ていた。
- Re: 生命の樹〜少女愛者の苦悩 ( No.13 )
- 日時: 2015/09/01 19:05
- 名前: 斎藤ロベール
ズザンナに宛てた手紙と休日という意識があったからだろう。呼び鈴が鳴ったとき緑川は、日曜礼拝へのズザンナの誘いだと思って、慌てて起きて戸を開けた。立っていたのは少女だった。約束の土曜日だった。
一瞬混乱した緑川が起き抜けなのを見て取って、少女はにこっとほほえんだ。そして自分から部屋に上がってきた。少女の手提げにはワインが二本入っていた。
緑川の部屋には、きのうのまま少女の汚れた服が並んでいた。少女はそれを見ても全く驚かなかった。それどころか、その場で着ているものをどんどん脱ぎだした。オレンジ色のカチューシャはつけたまま、裸の少女は立っている緑川に近づき、緑川に抱きついた。少女の茶色の髪が油でつややかだった。少女は横になった。そして、おじさんの言ったとおり、あれからお風呂に入らなかったよと言った。やはり記憶にはない言葉だった。
少女は膝を立てて緑川を導いた。嗅いでと言ったが、緑川は少女を抱え、膝に抱いた。立ちのぼる強いにおいに温かく包まれた緑川は、少女の僅かに開いた唇に顔を近づけた。その唇がそれたと思ったら、少女が左耳に噛み付いた。あっと叫んで緑川は身を引いた。少女は、真面目なおじさんは怖いから嫌だと耳元で言い、立ち上がるとワインを一本開けて、瓶を口につけ飲んだ。緑川のところへ戻った少女は、また飲んだかと思われたが、今度は口を緑川の口に当てて、中のものを流し込んだ。何度かそれを繰り返すうち、少女は自分に酔いが回ってきた。
突然少女は緑川を突き飛ばした。倒れた緑川に少女は背を向けて、嗅いでと言った恥ずかしさを乱暴に変えて果たした。そして冷たい手が緑川のズボンに入った途端、緑川は激しい痛みを感じた。何のためらいもなく力一杯握っているらしい。
緑川は思い切り少女に息を吹きこんだ。息はすぐ中で閊えたが、もっと力を入れると、奥が開いて入っていった。初めての感覚に少女は声を上げた。力を緩めた少女を引き剥がした緑川は、背中から誇らかに少女の中へ踏み込んだ。今度は詰まったような声を出して、少女は緑川にされるままにしていた。緑川はその姿勢でワインを瓶から片手で飲んだ。
酔ってきた緑川はこの行為に慣れを感じた。いつものことだと思い出す感じがあった。当たり前のように緑川は少女の中でし終えると、少女を仰向けに返してまた続けた。少女は片腕を上げて目のあたりを隠していた。
ふと涼風が吹いてきた。少女の体臭と違う爽やかな空気に緑川がそちらを向いたとき、玄関口に立って見ているズザンナの姿が目に入った。ドアを閉めていなかったのである。手には、昨日ポストに入れた緑川の手紙があった。
緑川は少女を置いてズザンナの方へ走り寄った。何も穿いていないことなど忘れていた。ズザンナは眉をひそめた笑顔のような表情をしたまま、外に出てバタンとドアを閉めた。
- Re: 生命の樹〜少女愛者の苦悩 ( No.14 )
- 日時: 2015/09/01 19:18
- 名前: 斎藤ロベール
しばらく立ち尽くしていた緑川はドアの鍵を締め、少女を振り返った。どんな感情にも増してこのとき緑川の心に、先ほどこの玄関口から吹いてきたような涼風が吹き渡った。それは自由の薫風だった。今、緑川は、何をしてもいいのだと感じていた。
おじさんどうしたのと少女レナータが声をかけた。なんでもない、いま行くと緑川は台所で水一杯を飲み、レナータのもとに走った。
緑川はレナータの全身を丁寧に嗅ぎ、隈なく口付けしていった。伸びやかな優しい気持ちでなんでもできた。平静な心と言える様子でレナータのはらわたの味を知った。何か女の秘密にまた一つ立ち入った喜びがあった。緑川は、自分の舌が伸びてレナータの口から出てくる空想をしてみた。それから緑川はそこに入った。止めることなく長く続けた。離れることを嫌うレナータのために、緑川は用もレナータの中で済ませた。
何も食べずに疲れて眠ってしまった二人が起きたのは夕方の五時頃だった。緑川はレナータを洗ってやって、朝食のような食事を摂った。だるそうなレナータとは反対に、緑川の酔いは覚めていた。レナータが自分の子供のようにいとおしかった。おじさんといると自分がなくなっていくみたいで嬉しい、泊まっていきたいとレナータは言ったけれども、緑川は許さなかった。
緑川は一緒にレナータの降りる駅まで電車で見送ってやった。来週また来る約束と、緑川から与えられた本一冊とともに、レナータは帰っていった。
緑川はそのまま電車で街まで行き、賑やかな土曜の夜を心ゆくまで楽しんだ。冷え切った自由な心は、街の彩りをあざやかに見せ、風俗の娘たちとも軽やかに話して飽きさせなかった。
この夜、緑川はいくら飲んでも泥酔することなく、むしろ冴えた頭で終電に乗り、絶望とは清々しいものだと思いながら家に帰った。
宿酔は宿酔であった。翌朝、緑川はいつもの気分悪さで朝を迎えた。そしてきのうのこともきのうのことであった。思い出となったきのうは今日の緑川にとっては単なる悪夢だった。「犯罪」の現場をズザンナに見られたのだ。それとも、この心変わりは、諦めたはずの期待や欲が戻っただけなのだろうか。自由などもうまるで感じなかった。このまま落ちていくほかないと緑川は思った。きのうはレナータを「救う」手立てすら考えた。それが今はレナータに救いを求めている。しかもその救いは、レナータを思いのままにしたい、レナータについてきてもらいたいという自己閉鎖的な欲望らしかった。緑川は自殺のことを考えた。それは退職と同じくらいの重さだと思われた。するかしないかだけの話であった。
呼び鈴が鳴り、緑川は機械的な調子で立つとドアを開けた。白いワンピースのズザンナが、緑川の手紙を持って立っていた。緑川は自分の目を疑った。
上がっていいですかとズザンナは聞いた。緑川は声が出ず、ただ頷いた。二人は卓袱台に向かいあって座った。しかしズザンナは緑川に近づいて、斜めに話す形になった。緑川は自分の震えているのに気がついたが、一切言い訳はしないことに決めた。そして今にもワインを開けたい気持ちに抗って、王女の判決を待った。ズザンナの青い真面目な瞳に緑川は吸い込まれた。
「あたしがまだこんな子供なのに、おじさんはあたしが好きなの?」
緑川は寧ろきのうのことを断罪して欲しかった。ズザンナはなぜ責めてくれないのかと思った。しかし、責められたら生を断念することに緑川は決めていた。
毒念の発作に駆られそうになりながら、緑川はズザンナに、自分の異常な性向、レナータとのこと、寝ているズザンナにしたことを語り尽くした。海のような色のズザンナの瞳に吸い出されるように、またそこへ投げ捨てるように緑川はまくし立てた。ズザンナは一言も返さず聞いていた。
話すことのなくなった緑川はズザンナの反応を待った。心はからになっていた。その緑川にズザンナは、
「おじさん、どこにも行かないでそばにいてね。」
と涙を流し、緑川の手を握った。そして昔のようにその手を、今は少し娘らしくやわらかな胸へ、祈るように押し当てた。
その日曜日、緑川はズザンナと一緒に初めて教会へ行った。
- Re: 生命の樹〜少女愛者の苦悩 ( No.15 )
- 日時: 2015/09/04 19:11
- 名前: 斎藤ロベール
その後の一週間、緑川はレナータに会うことも何故かなく、ズザンナとはそもそも日曜日にしか会わなかったから、酒以外に意識の逃げ場もなかった。自分は何をしているのかと度々思った。
レナータとの悪徳は断ちきれない。取り返しもつかない。してしまったことが、合意の上とは言え大きすぎた。それでもレナータを何とかしてやりたい。ズザンナとは、互いの過ぎ去った密かないたずらを除けば何もまだ始まっていないけれども、世間から見ればこれも悪徳行為だ。緑川を受け入れたズザンナは、レナータとのことに女らしい嫉妬を抱かないのだろうか。惨めな男に高いところから憐れみを垂れただけだったのか。いや、自分こそ、不誠実にもぬけぬけとレナータとの関係を続けるつもりでいる。
人間が苦手な緑川は、人からの感情に極度に今敏感になっていた。少女たちとの関係が当事者の外に漏れるのをひどく恐れた。自分のこれまでの誠意なども、全て嘘なのではなかったかと感じた。ついで、自分の人生に肯定すべき点などないと思った。
しかし、仕事の外回り先で何かあったときには、どうしても誠意を尽くさざるを得ない自分の「小心さ」が緑川は頼もしくさえあった。頑固な者を動かすのは案外小心者なのであり、見かけと違って、その頑固者が小心者を頼っている場合も緑川はしばしば経験した。ただ、そういう付き合いはいずれ苦しいことでもあった。
思えば、自分が傷つけられても相手には良いことを返すという態度のどこまでが小心さで、どこからが善意なのか、考えてもはっきりしない。相手を心から許しているわけでもなく、かつそれが傷つけられたくない故の態度であろうことを感じてもいたから、純粋な善行とは言えないはずだ。それでも、全く間違ったことをしているとも緑川には思えないのだった。恐らく、それがなんにせよ一種の犠牲行為だからだろう。犠牲には苦しみと断念とが伴うものだ。確かに、緑川は酒の席でも商売相手や会社の悪口を言わず、つまり陰でも仕返しをしなかった。
しかし、少女たちの件に関しては、ただ苦しいばかりで、犠牲どころか貪る自分の姿しか見えてこなかった。ズザンナに対しても、思いの距離が近くなったことが却って緑川の依頼心を増し、会えないことが恨めしく、ズザンナに怒りを覚える日も生じてきた。自分を受け入れたズザンナは、とうに自分を受け入れてきたレナータに今や劣ってしまったのではないか。あとは所詮、レナータにしていることをズザンナにも求めるだけなのではないか。緑川は足場を失った思いに苦しみ続けた。
- Re: 生命の樹〜少女愛者の苦悩 ( No.16 )
- 日時: 2015/09/04 19:18
- 名前: 斎藤ロベール
土曜日、待ちかねていたレナータが来ると緑川は喜んで迎えた。そして助けを求めんばかりに固く抱きしめた。いつものように手提げを持ったレナータは、おじさん、どうしたのと緑川の腕の中で言った。君とこうして会っているのが怖いと緑川は正直に言った。あたし、おじさんしか優しくしてくれる人いないから、おじさんに嫌われたら生きていたくない、おじさんは悪いことしてないよとレナータは返し、緑川の口にキスをした。
「人に迷惑がかかるかもしれない。」
「そんなの知らない。」
レナータは手提げからワインを取り出した。
卓袱台のもとでワインを開ける準備についた緑川の前にレナータは裸で立った。まだはっきりした頭でその白い体を緑川はつくづく眺め、美しいと思った。レナータは緑川の視線を意識しながら、それを味わっていた。いろいろな姿勢をとってみせた。それからまた緑川の口にキスをしたが、ふと後ろを向くと前かがみになり、両方の手で緑川に広げてみせた。見えるかとレナータは脚のあいだから顔を覗かせて尋ね、寄せて近づけた。子供らしいみずみずしさと女の子らしい不潔さとが調和していた。
その姿勢のためか、力を緩めたせいか、大きく開いたそこが光の具合で奥までよく見えた。こんな子供のものを目にするのは初めてだったし、めったに見られぬそこの様子だったから、緑川は、閉じてしまわないよう気をつけつつ、鼻と口とを近づけた。
ズザンナを嗅いだ時は、ズザンナの高貴さがそれに汚されることがないと思った。レナータの場合、これこそがレナータなのであって、しかも汚さを感じさせず、緑川にいのちの恵みであると思わせた。
眺めているうちに、緑川にはある積極的な意志が湧いてきた。この子の保護者になってもよい、身柄を引き取っても構わないと思った。せめて母親に会って意見するか、いよいよだめなら訴訟に持ち込んでやろうと考えた。しかし、どれも自分の行為をあらわにすることだと悟った緑川は、やるせなくなって、ワインをその場で開けて飲んだ。
レナータは緑川が何か言うまでそのままの姿勢でいるつもりだったらしく、ワインを飲む音を何度も聞きながら、動かず静かにしていた。早くも狂った緑川は、独特な興味に駆られ、レナータの息に合わせて開くつぼんだ口へ、大人の力でいきなり指を思い切り突き入れた。レナータは頭を跳ね上げ気を失った。指はそのままに、緑川は飲み続けた。そしてそのレナータを抱き起こすと、膝に乗せて抱きしめた。ぐったりと力の抜けたレナータは、まさに「お人形さん」のように愛らしかった。
- Re: 生命の樹〜少女愛者の苦悩 ( No.17 )
- 日時: 2015/09/05 12:04
- 名前: 斎藤ロベール
緑川の胸の上でレナータは目を覚ました。いつ眠ったのかしらと思い出そうとしてもできなかった。たまらなくトイレに行きたくなって起き上がろうとしたとき、緑川の指に気づいても、レナータはそれを平気で外し、立っていった。
用を足してきたレナータは、寝ている緑川を見ながら、緑川の飲み残したグラスを空け、新しく注いで飲んだ。この人は本当に自分のことが必要なんだと思い、できれば家を出て一緒に暮らしたいと切なく願った。緑川を虐待者と捉えるなら、レナータのこんな気持ちに心理学では何か名前がついていることだろう。
レナータの母は日本人だった。けれどもほとんど家にいないばかりか、酔っての朝帰りにはレナータが起きるほど悪態をついて床につき、レナータをよく殴った。お前なんか欲しくなかったと言われたこともあった。それでレナータは、本当の母親はよそにいるのではないかと夢見るようになっていた。理想の家族を空想して眠るのが習慣になった。緑川に対して粗相ばかりしてきたと思っているレナータに緑川は一度も怒ったことがない。それは実際には緑川に責のあることなのだったが、とにかくレナータにとって新鮮だった。
先日、緑川がくれた本はヤーコブレフの文庫だった。本など自分から読んだことがレナータはなかった。読んでみると、時の経つのも日々のことも忘れる体験だった。それ以来、レナータは図書室へ通うことを覚えた。この人といればまたいいことがあると信じてレナータは疑わなかった。
よく晴れていた空が曇り、暗くなってきた。そのうちに雨音が聞こえ始めた。レナータは緑川の胸に酔った体を横たえた。
交代に目を覚ました緑川はうつろな頭でトイレに行ったあと、習慣的にレナータの中に入り込んだ。一週間の悩みをそこに捨ててしまってから、緑川も再び眠りに落ちていった。
夕方だった。呼び鈴が鳴り、ズザンナですという声が聞こえた。緑川はすぐ起き上がりドアを開けた。
入ったズザンナははっと息を飲んで後ろを向き、中に立ったままドアを閉めた。おじさん、なにか穿いてくださいと小声で言われて、緑川はまたやったかと気がついた。奥には裸のレナータが寝ている。緑川はジャージを穿くと水をごくごくと飲んだ。そして、どうにでもなれと腹を決め、ズザンナを中に入れた。
「これが僕の今の暮らしだよ。」
と緑川は裸のレナータを抱き寄せて卓袱台のもとに座った。ズザンナも座った。ズザンナは半袖に、やはりいつものふわりとした長いスカートを穿いていた。どちらも色は白だった。珍しく水色のベルトをしていた。緑川の部屋を見回したズザンナは、また掃除に来ようと思った。
緑川に抱かれ、汗をかいて眠っている少女から、いつかの部屋のにおいをズザンナは思い出した。自分ととしも体つきもそんなに違わないこと、外国人の親がいることにズザンナは親しみを覚えた。しかし、緑川がその子の裸を撫でていることが恥ずかしく、何となく視線をそらしてしまうのだった。
「おじさんはこの子のためにお祈りする?」
とズザンナに聞かれ、緑川は愕然とする思いだった。近頃は読経もまれだった上に、こんなに会っていながら、レナータとその母親のためには祈る気持ちすら欠けていた。あまつさえ、訴訟しようとはどういう了見であろう。緑川は自分を恥じた。ところで何の用だったのかと尋ねる緑川にズザンナは、ただ会いたかったのと答えた。
話し声を聞いてレナータが目を覚ました。ズザンナを見るといぶかしそうな顔をし、緑川にくっついた。体を隠そうとはしなかった。だが、緑川に言われ、レナータは緑川の大きなティーシャツを被って着た。
レナータは、緑川のこの少女に対する態度が、子供に接するのと少し違うことを感じた。この人誰と聞くと、おとなりさんだと答えられた。
「ズザンナです。中一です。お友達になりましょう。」
とズザンナが握手を求めた。レナータは
「レナータです。五年生。」
とその手を握った。
「おじさん、みんなでまずお祈りしましょう。」
とズザンナが言った。そしてズザンナはカトリックの祈りを、緑川は十句観音経を唱えた。レナータは黙ってそのあいだ手を合わせていた。祈りのあとは厄が落ちたように気分が明るかった。
そのあと三人で夕食を摂ったが、食事はズザンナが頼んで母親に持ってきてもらった。三人はトランプをし、すごろくをし、またたくさん歌った。九時頃、緑川とズザンナに降車駅まで送られてレナータは帰っていった。
帰り道、緑川は先日の手紙のことを取り消そうとズザンナに持ちかけた。しかしズザンナは、心配せずに今は何も決めないでおきましょうと言い、きっと神様がいいようにしてくださいますと笑顔で加えた。
- Re: 生命の樹〜少女愛者の苦悩 ( No.18 )
- 日時: 2015/09/12 07:55
- 名前: 斎藤ロベール
翌朝早く八時過ぎにレナータは現れた。緑川ははっきりした頭でレナータを迎えた。抱きしめるだけに留め、緑川は新しい本をレナータに与えた。緑川はなぜか心身ともに非常な疲れを感じていた。
おじさん、駄目だよとレナータは言い、スカートのホックを外して緑川を抱きしめた。緑川は、いつでもこの子を抱けることを心に感じて楽になった。レナータは積極的にそれを証明してみせた。
九時過ぎに呼び鈴が鳴った。ズザンナの声を聞いたレナータがドアを開けた。緑川は疲れた体で寝ていたが、二人は緑川を起こして、皆で礼拝に行った。
礼拝が終わって帰ってくると、レナータはズザンナの家に呼ばれていった。事情を察しているズザンナは、緑川には、あとで行くから安心して眠ってくださいと伝えてあった。その言葉通り緑川は眠りこけた。
ズザンナの家では、レナータをめぐっての話し合いが進められていた。真面目なカトリック信者の両親は、レナータの母の、親としての立場を尊重しつつも、とりあえずは児童相談所に行くことを提案した。レナータに異存は何もなかった。更に、裁判に持ち込むことも辞さないつもりでレナータの側に立とうと言った。実業家の藤原には、緑川にはまるでない胆力があった。考えるだけで実行の伴わない緑川と違い、その言葉は豊かな経験と自信とに裏打ちされた威厳に満ちていた。ただお母さんのためによく祈ってあげなさいとズザンナの両親はレナータに伝え、藤原は家族でまずそれを行ってみせた。
レナータは、ここに自分はいてもいいのだと肌で感じた。しかし、緑川を放っておけなく思われ、おじさんが心配だから行ってみますと隣の部屋へ戻っていった。
ズザンナの両親は、緑川さんは動物や子供に好かれてちょっと聖フランチェスコに似ているのじゃないかと話して笑った。ズザンナも、うん、そっくりだと、仏教徒の緑川のことを受け合った。
レナータは緑川の布団から出ると裸のまま横に座り、緑川が早く元気になることを祈った。ついで、いやいやながらも、ズザンナたちが言うとおり、自分の母親の幸福を声に出して祈ってみた。
月曜日、きのう久しぶりに酒を飲まないで夜を過ごしたというのに、緑川の疲れは抜けていなかった。その日は出勤したのだったが、晩になっても疲れはひどく、しかも夜通し眠れなかった。そこで翌日会社を休んで医者に行ったところ、軽いうつ症状だと言われた。
もらってきた安定剤を飲むと、神経質な気分はぼんやりと麻痺したように治まった。何かに取り掛かる気にも外出する気にもなれず、一日部屋に緑川はいた。夜は睡眠薬を飲んで寝た。
疲れもだるさも変わらないばかりか、薬の副作用も翌日にはあった。それでも緑川は出勤し、帰りはどこにも寄らないで電車に乗った。そしてレナータに会った。レナータは緑川の隣に腰掛けた。ちょっと調子が悪いんだと緑川が言うと、レナータはあたしがいてあげるとすぐ答えて緑川の手を握った。しかし、緑川には、これまでのことが暗く思い返されて、この子のことは何とかなるのだろうか、そして今日もこれからも自分は罪を犯し続けるのかと考え、目をつぶった。レナータは緑川の頭を胸に抱いた。電車内ではおかしな行為のはずだったが、もうどうでもいいと緑川は思った。半袖の腋から漂うレナータのにおいに、緑川は少しだけ楽になった。
家に着いたら緑川は真っ先に横になった。服はレナータが脱がせてくれた。大人とは違う女の子のにおいが空腹を誘った。瞑目していた緑川が豆電球の薄暗がりに目を開けると、ただレナータのそれだけが視界に入り、またすっと楽になるのを感じた。緑川は、夕食はいらないと思った。
だいぶ経ったように思われた頃、呼び鈴が鳴り、ズザンナですと声がした。時計はまだ八時だった。緑川はレナータに服を着せて、出てもらった。
ズザンナは、父の用事で来たのだけれど、やっぱり自分が来てよかったと言って上がった。電気を点けていいかと聞くズザンナに、そうしてもらうと、赤いジャージ姿のズザンナが緑川に明るく印象的だった。それまで知らないことだったが、ズザンナは陸上部なのだそうだ。布団から起き上がろうとする裸の緑川をズザンナは手で止め、自分がそばに座った。
ズザンナは、あしたにでも父が話をしたいと言っていること、レナータの母親と、きのうおとといと長い電話のやり取りがあったことを緑川に告げた。緑川は話の前者に、レナータは後者に大きな不安を抱いた。
「何も心配しないでくださいね。」
そう言うと、ズザンナは緑川の額の辺りにそっと手を置いてから、電気を消して帰っていった。
- Re: 生命の樹〜少女愛者の苦悩 ( No.19 )
- 日時: 2015/09/14 21:48
- 名前: 斎藤ロベール
拍車をかけた調子の悪さに緑川は医者から診断書を出してもらい、しばらく会社を休むことにした。気の引けることではあった。自分の荷を他人に負わせることになると思うと一層辛くなった。
緑川の調子が悪いというので、それならと、ズザンナの父親は自分たちに任せてくれるようズザンナを通じて伝えてきた。ズザンナは毎晩来てくれた。その話はあまりせず、洗濯やら掃除やらをして、祈りを上げて帰っていった。
この間、隣の藤原家と、三井家、つまりレナータの家とに進んでいることがあった。藤原は、児童相談所を介して三井に連絡を取り、レナータをお宅には帰せないこと、話によっては法的な措置が行われることを、責めることなく三井に伝えた。三井はそれでも取り乱して、これ以上のことは自分にはできないし、法律的な騒ぎは抱えきれない、お宅がレナータの面倒を見てでもしてくれないなら放っておいてもらいたいと言った。そして次の電話では、ままならない自分の運命を長々と藤原に嘆いた。レナータは自分が高校卒業後カナダに留学していた時に出来てしまった子供で、父親はわからないという。つまらなかった高校時代を取り返したい外国での解放感から起きたことだった。親に相談もできず、留学先の学校も黙って中退し、学費を充ててカナダで出産した。もともと裕福でもなく厳格な家庭であった三井家の反応は冷たく、若かった三井は荒れた。その後に知り合った男は何人もいたが、子連れの三井は真剣には相手にされなく終わった。三井の運命はいよいよ暗転し、今のような暮らしになっていったのだという。聞いて藤原は、レナータを養子にすることも考えてみましょうと言った。それでいいのかと藤原が念を押したら、いいと三井は返した。
藤原は喫茶店で三井と面会した。三井は、藤原が想像していた姿と全く異なる、華美でない美しいなりをした知的な顔つきの女性だった。しかし、長いあいだの生活からくる心の荒みが顔には表れていた。
レナータの、藤原家との養子縁組は滞りなく手続きが運ばれた。藤原は更に、これで生活を立て直してください、これまでのご苦労を生かされてと、三井が驚く額の小切手を差し出した。一貫して温かな態度の変わらない威厳あるこの実業家に、どうしてここまでしてくれるのかと三井が尋ねたとき、藤原は三井に聖書を渡し、
「神様のお許しがなければ何事も起こりえないと私たちは考えているのです。だから今回のことも、これまでのことも、必ず良き働きの種に違いありません。ただ、気持ちを神様に向けていなければそうはなりません。あなたも祈ってください。」
と言った。
もちろんこの二人は、事をここまで発展させた緑川とレナータとのこと、そしてズザンナの関わりを何も知らない。生身の親であるこの二人がそのことを知ったら態度は変わっていたかもしれない。しかし、藤原の言説自体はそれでもなお通用する道理であった。
- Re: 生命の樹〜少女愛者の苦悩 ( No.20 )
- 日時: 2015/09/15 20:12
- 名前: 斎藤ロベール
三ヶ月の休職をすることになった緑川は、もう仕事を辞めることを考えていた。外出も少なく、暑い中、何もできずに緑川は苦しんだ。
世間では今週から学校が夏休みに入っていた。
隣のことがどう進んでいるのか、ズザンナの話からだけではよく分かりかねたが、うまく行っているとのズザンナの話を緑川は信じた。レナータとはしばらく会っていなかった。
ある日の午前中、呼び鈴が鳴った。聞いた声で、藤原麗那ですと子供がドア越しに呼んだ。緑川が開けてみるとそれはレナータだった。隣にズザンナも立っていた。
「おじさん、プールに行きましょう。泳ぐのなら大丈夫でしょ?」
とズザンナが言った。緑川は承知した。騒がしい大人の誘いなら断るところだったが、少女も水辺も恋しかった。
外は街並みがあざやかだった。ときどき涼しい風が強く吹いた。蝉が賑やかに鳴き、入道雲が輝いていた。緑川は世界のいのちを感じた。ズザンナから、バスの中で緑川は事の成り行きを知らされた。
緑川はズザンナの肌を初めて目にした。学校の水着でなく、赤いビキニだった。緑川が目を離せずに見つめているとズザンナは赤くなって、
「おじさん!」
と叫んだ。ビキニは母親が、プールに行くなら日に焼けてきなさいと買って与えたものだそうだ。レナータも青い同じような水着を着ていた。裸のレナータより何だか大人びて見えた。
二人とも綺麗だなあと緑川は本心からつぶやいた。その言葉の泣きそうな響きが二人の少女に届き、二人は少し深刻そうに顔を見合わせた。それからいきなり緑川はプールに突き落とされた。青く冷たい水の中で、体とともに心の軽くなるのを感じた緑川のすぐあとから二人は飛び込んできた。そして二人とも緑川に抱きついてきてくすぐった。ズザンナも、水の中では子供っぽくなるらしかった。
三時間ほども遊んで遊んで、三人は帰途に着いた。ズザンナもレナータも、バスの中では緑川に頭をもたせかけ眠っていた。女の子の濡れた髪が緑川に冷たく心地よかった。
バスから降りても、疲れている二人の少女は子供らしくむっつり黙っていた。アパートの前で別れを告げるとき、ズザンナは、おじさん、あしたもまた行きましょうねと言った。顔は大変ねむそうだった。レナータは、お酒を飲みすぎないでねと言って、緑川の手提げに手を入れた。今日は体を動かしたから飲んでもいいんじゃないかと緑川は言い、またあしたと三人は別れた。
水着を干そうとした緑川は、手提げにレナータの、今は正しくは麗那の下着を見つけた。心のありように注意しつつ、まず緑川は長い読経をした。それから緑川は風呂に入り、麗那のものを嗅ぎながら、ビールを心ゆくまで飲んだ。どうせあしたも休みである。緑川はしばらく自分で運命の船を漕ぐのをやめて、世界に任せることに決めた。
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その後、緑川麗那は、はたちまでに七人の子を産んだ。みな女の子だった。勉強したいと言って留学したカナダで、麗那は恋に落ち、緑川から離れることになった。このことはレナータの母親を藤原の家にも思い出させたが、緑川と麗那との話は着いていたらしく、既に農家として成功していた緑川が子供を育てることにし、先方の男性とも相談し合っての結論ということだったため、ことは荒れずに収まった。麗那とその夫とは、毎年、冬と夏には緑川を訪れた。三井を伴ってくることさえ増えていった。
このあいだに、大学を出たばかりのズザンナに緑川は結婚を申し込んでいた。この年までズザンナは、言わば緑川以外の男を知らなかった。ズザンナは緑川の昔の手紙をまだ持っていて、お返事遅くなったけどと言って承諾した。
ズザンナは緑川とのあいだにたちまち五人の子を儲けた。一番下の二人だけが男の子だった。全く家庭の人となり、十二人の子を育てているズザンナを、妻であっても緑川はやはり尊敬し続けた。ズザンナの高貴な人柄を十二人の子供はそれぞれに受け継いでいった。
人間が苦手な緑川の家は大家族になった。女の子のことも四六時中で、こだわる意味がなくなった。離れに自分の小屋を建てたら、蜂がいくつも巣を作った。ここには緑川とズザンナしか入れない。二人は「お隣さん」の羽音のする中で、毎日手を取り合って祈りを欠かすことがなかった。(完)
- Re: 生命の樹〜少女愛者の苦悩 ( No.21 )
- 日時: 2015/10/28 17:16
- 名前: 紺子
お久しぶりです
上げに来ました