花霧 翼side
左隣に居たアイツから逃れたくて、教室から出てしまった。
まだ朝のSHR(ショートホームルーム)も行っていない内だというのに。
教室を出るとき、ふと脳に浮かんだ。
『柚宮空菜がまだ来ていない』
別に今に始まった事ではなかった。
得に親しい友人もいない彼女はクラスでも浮いており、挙句の果てには遊ばれる始末。
それは学校も来たくないだろう。
そんな訳で、柚宮空菜はいつもいつも遅刻ギリギリに教室に入ってきていた。
たまにスリッパで教室に入ってきたりするところから、たぶん下らない脳みそしてる馬鹿共の仕業なんだろうと思う。
廊下を歩いていると、ちらほらと壁に寄りかかりしゃべっている女子がいて、登校して来たと思われる生徒は殆ど見当たらない事に気づく。
そろそろ戻らないといけないのか、と思っていた時。
「・・・・・。」
見つけた。
私の事など眼中にもないようだが、そこに私のお気に入りがいた。
柚宮空菜だ。
今までしゃべった事など一度もない。
でも、嫌いだとか、好きだとかという感情はまだない。
普通に、気になるのだ。
「_____あ。」
小さく口から零れた声は私のものだった。
私の横を通り過ぎた柚宮空菜の足元。
文字みたいなわかり易いものは書いてないが、不自然な程ボロボロな上履き。
丁度頭上にある時計に目をやれば、あと数分でSHRが始まる時刻だった。
反射的に、細い柚宮空菜の腕を掴んだ。
少し強くしてしまった所為で、パシッというはっきりした音が聞こえる。
しまったと思った頃には、「ひっ、」という悲鳴の様なものが聞こえた。
「あ、悪い。おはよう。ちょっと此処で待ってて。」
「え、あ、あぁ・・・ご、ごめんなさい・・・。」
気を落ち着かせようと考えるが、そんなことわかんなくて。
要件を伝え教室に戻ろうとするが、小さなよろよろと弱々しい声が聞こえ、少しキツく言う事にした。
ふっと、綺麗な黒髪を分け、耳元に口を寄せる。
「黙って言うこと聞いとけよ。」
少し低めに、怒っているかの様な声色で言えば、「は、はい」と声が返ってきた。
少しの罪悪感を無視し、私は大嫌いな教室へ向かった。