大人オリジナル小説
- 不登校の理由
- 日時: 2014/01/18 02:17
- 名前: 原野 玖絽子
原野 玖絽子と申します
小説初心者です
皆さん、アドバイスとかくださると嬉しいです
どうかよろしくお願いします
- Re: 不登校の理由 ( No.4 )
- 日時: 2014/01/21 22:08
- 名前: 原野 玖絽子 ◆w8fpox.Ikk
黒い屋根に灰色の壁の家。そこが緋月家宅だった。
私は迷いなくインターホンを押す。
「かんざしさんいらっしゃいますか」
緋月が家に居ることはわかりきっていながらも、インターホンの向こう側の相手への礼儀として、まず訊ねる。
『はい。居りますよ。中へどうぞ』
初めて訪ねたときは少しそっけなかったお姉さんも、こうして二週間も通えば快く迎え入れてくれる。
「こんにちは。また来てくださったのですね、かんざしも喜びます」
玄関に入るとお姉さんがいつものように待っていて、深々とお辞儀をし、顔を上げるとにっこりと微笑んだ。
「お邪魔します、錦さん」
緋月錦。
緋月かんざしのお姉さんだけあって、妹のかんざしに勝るとも劣らぬ美人である。ただ、妹の黒髪に対して、彼女はその年齢にそぐわぬ、目の覚めるような白髪だ。
緋月が言うには、幼いころは彼女も黒髪だったのだけれど、あるとき色素を失って、真っ白になってしまったのだとか。
「かんざしは自室に居ります。相手をしてやってくださいね」
再び愛想よく笑うと、錦さんは家の奥に消えてしまった。
私は玄関からすぐの階段を上がり、二階の緋月のもとへと歩みを進める。彼女の部屋の戸は真っ黒で、金色のドアノブがついている。
戸の前でふう、と気持ちを切り替えてから、緋月の部屋に入る。と、入るや否や、落ち着いたかわいい声と笑顔が、私に向けられた。
「やあ、委員長。また来てくれたのかい。君がこうしてボクのもとへと足を運んでくれることは嬉しい限りだが、ボクは学校に行く気なんてさらさらないぜ。さあ、せっかく来てくれたんだ、菓子でもつまんでくれたまえ。今日はポテトチップスでいいかな?ポテトチップスはやっぱりうす塩だよね、ついつい食べ過ぎてしまうよ」
緋月は学校に来いと説得しにきた人間に対し、顔を合わせて三秒と経たないうちに「学校に行かない」と宣言しつつも、桃色の座布団を二枚敷き、その一方に座る。そして座布団と座布団の間に明日には賞味期限が過ぎるであろうポテトチップスうす塩味をパーティ開けにして置くと、ん、と笑顔だけで座布団に座るように促してくる。私が素直に座ると、なおいっそうにっこりと笑うのだった。
ボーイッシュな口調に多弁、愛らしい笑顔。これが緋月かんざしである。
「本当に嬉しいよ。もしかしたらもうボクに愛想をつかせてきてくれないんじゃないかと思っていたんだ。委員長は優しいな」
「べつに……。……仕事だって言ったよね?」
「うん、言ったね。でもそんなことどうでもいい。それに担任の……なんとかって先生は、仕事でも来てくれないぜ」
緋月は担任の先生の名前を覚えていなかった。
「家の中で一人って言うのが長く続くと、寂しくてね、退屈だし」
「じゃあ何で学校に来ないの。みんないるのに」
「行く意味が思い当たらないからさ。学校に言って授業を受けなくても、テストで満点に近い点数を取る自身がある」
「優等生め……」
「ん、何か言ったかい?」
「いや……」
緋月は首をかしげる。そうすると、不登校になってからのこの一年四ヶ月の間にすっかり伸びた長い黒髪が、床につく。学校に来ていたころの彼女は、その髪を肩口で切りそろえ、座敷童のようでもあったのだけれど。
「君は勉強は出来るのかい?」
「ん?」
今度は緋月が私に質問した。
「君は勉強は出来るのかい?」
私が聞こえていなかったと思ったのだろう、緋月は質問を繰り返す。しかし、そうではない。都合の悪い質問だったので、反射的にとぼけてしまったのだ。
「んー、聞く?」
「あ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ。悪く思わないでくれたまえ」
訊いてはいけないことを訊いてしまったというように、今まで向き合っていた顔を逸らし、目を泳がせる緋月。
謝ってくれるな、むなしくなる。
「スポーツは好きなんだけどな……」
「そうなのかい?ボクもだよ!体を動かすことは気持ちがいいよねっ」
緋月は逸らしていた顔を戻し、ぱ、と輝かせる。まさに天使の笑顔だった。
「僕は一日に最低一回は走らなくちゃ落ち着かないんだよ」
「へー、私はそこまでじゃないけど……って、え?」
「ん、どうかしたかい」
「……緋月……、走れるの?」
「うん。え?君も走れるだろう?何だってそんなことを訊くんだい?」
緋月は去年、階段から落ちている。それで入院することになり、その後学校に来なくなったと聞いている。
だから私はてっきり、緋月は階段から落ちたときの打ち方が悪くて後遺症が残り、そのため走ることが出来なくなったのだと思っていた。走ることが出来なくなったから、陸上部を辞め、さらにそのことが原因で不登校になったのだと、勝手に推測した。
「緋月、階段から落ちたときの後遺症とかって……あるの?」
思えばこの質問は、少々浅はかだった。なぜなら、たとえ身体の傷はとうに癒えていても、心までもがそうだとは限らないからだ。
けれど緋月に、そんな気遣いは無用だっただろう。彼女はこの質問で先程の質問の意味も理解したようで、
「ああ、いやね、なんとも幸運なことに、ボクが階段から落ちたときに受けたダメージは、それほど大したものじゃなかったんだ。走ることが出来なくなるなんてとんでもないよ。だいたい三ヶ月くらいで完治したさ」
――だから今もガンガン走れるぜ――――と、付け加え、笑った。
じゃあ――
「じゃあ何で陸上部を辞めたの?」
その疑問が、口をついて出た。
「何で学校に来なくなったの?なんでもとの生活に戻ろうとしないの?」
「委員長……」
「私、今の今まで緋月のことわかってるつもりでいた。理解してるつもりでいた。けど、わかってなかった。理解してなかった。緋月が何で不登校になってるのか、わからないよ。何を考えているのか、わからないよ。ねえ、緋月、何で学校に来ないの?何で陸上部を辞めたの?ねえ、おしえて?」
私は緋月に、全ての疑問をぶつけた。
緋月は黙って私を見つめていたが、やがて俯き、ふう、とため息をつくと、私に向き直る。その顔は、静かな哀しい笑みをたたえていた。
「行く意味が思い当たらないだなんて、そんなウソじゃ、もう引き下がってくれないんだろうね。」
ウソ
「……ボクは、この二週間で、君が信用に足る人間であるとわかったつもりだ」
……。
「君のことが好きにもなった」
私も、緋月と話すのは楽しかったよ。
「出来れば、理由を話したいと思う」
「……」
「……、……でも、今はまだ、……言えない……」
「――――」
今は。
まだ。
「学校にも、行けない」
「……」
行かないのではなく。
行けない。
「…………ごめんね…………」
「……」
緋月は、最後に俯いてそう言った。それはとてもか細く、消え入りそうな声だった。
少しの間、時間が止まったように二人とも動かなかった。けれどあるとき、私がふっと、音もなく立ち上がり、すぐ後ろにあった戸の、金のドアノブに手をかけた。もう一度緋月を振り返ると、彼女を見つめ、静かに声をかけた。
「何で陸上部を辞めたのか、何で学校に来ないのか、よくわからないけど、その理由を言えないってことはわかった。今までは私も、緋月を学校に連れ戻すことに少し希望みたいなものを持っていたけど、そんなもの、無いってわかった。」
緋月は固まったように動かない。
「だからもう来ない」
緋月は何も言わない。
「……さよなら」
――――――タン――と、戸が閉まる音がした。