大人オリジナル小説
- バディ・ボーイ
- 日時: 2014/04/17 22:42
- 名前: TAKE
シリアス・ダーク板で書いていたのですが、最近こっちの板の存在に初めて気付きまして。社会派の内容が多いので、こちらで書かせて頂こうかと思います。
20世紀初頭のアメリカで、黒人に育てられた白人ブルースマンの物語です。
- Re: バディ・ボーイ ( No.8 )
- 日時: 2014/05/04 13:49
- 名前: TAKE
4
1917年、ジョージア州――
州警察に勤務するハロルド・マシューズの元に、事件の知らせが届いた。旅行に行った隣人家族がいつまでも帰って来ず、行方不明なのだという。
「長期滞在しているんじゃないですかね?」ハロルドは言った。
「それは私も考えたんですがね、警部さん」通報したスコット・ジョーダンは言った。「旦那が勤めてるとこの社員がうちに来たんですよ。欠勤に対する勧告通達を送ったんだが、いつまで経っても返事すら無い、何か聞いてないかとね」
「そいつは妙ですな」仕事先に連絡も入れず、一家全員で消息を絶つとは考え難い。「何かトラブルがあったなんて事は、聞いてないですかね?」
「社員にも言いましたよ、私は何も知らされてないとね。本当なら、あいつがここに来るべきなのによ」スコットは憤慨した。
「旅行の行き先は?」
「知りゃしませんよ。朝に女房と赤ん坊を連れて、車に乗って出てくとこを見ただけなんでね」
「車種は?」
「T型フォードだ」
ハロルドはメモを取った。「旦那の人相は?」
「ブロンド、垂れ眉、口髭を蓄えてる」
「どこにでもいる顔だ。他に特徴は?」
「そんな事言われましてもねぇ……西の方へ向かった事ぐらいしか分からんよ」
「そうすると、フロリダやヴァージニア界隈って事は無さそうだな。とりあえず、この情報を元に追ってみますんで」
部下のハーディーにメモを渡すと、スコットは軽く敬礼をして帰っていった。
「……会社からも、連絡が来ていましたよ」その後ろ姿を見送りながら、ハーディーは言った。
「先に言ってくれよ」
「言ったら、無駄足だと思って余計に苛立つでしょうさ」
「……違いない」
州をまたいだ事件である可能性が高い為、事件は司法省の管轄となった。
辞令を受けてジョージア州警察に訪れた連邦捜査官のデレク・ウィルソンは、捜査の手はじめに、失踪したメイソン夫妻について調べを進めた。
夫妻は過去にイギリスのとある証券会社で働いており、結婚後は夫リチャードの転職を機に、1912年にジョージア州へと移り住んだ。こちらでの夫は、父の友人がゴールドラッシュ時代に移住して得た資金を元手に興した企業で、財務経理を担当していた。夫妻にこれといったトラブルや犯罪歴は無く、借金をしたというような経歴も無い。2年ほど前に第一子が生まれ、笑顔の絶えない生活を送っていたそうだ。
「驚くほどに普通だ」まとめ上げた書類に目を通しながら、デレクは言った。「……いや、それ以上に恵まれてるか」
「子供に関連付けた線で考えてみては?」とハロルド。「ほら、誘拐とか。会社の金を管理してるのなら、あり得ん事もないでしょう」
「それなら子供だけでいい。なぜ一家を?」彼はそう指摘した。「仮に全員を連れ去ったところで、誘拐において一等肝心なはずの“要求”が、どこにも届けられていない。その線は薄いだろう」
「親戚が何か知ってませんかね?」
「知っていたとしても、今は世界大戦の最中だ。まともな連絡は取れんよ」
一つの道が断たれ、ハロルドは鼻息を吐き出した。
「しかし、何かトラブルに巻き込まれたのは確かでしょう」彼の隣で、ハーディーが言った。
「今更になって何言ってんだ。とりあえず、分署に通達して情報を集めてくれ」
彼らの目撃情報を集めることは困難を極めた。方々の分署へ電信を送るも、2、3週間も前に通りすがった車を、ましてやT型フォードなんてありふれた車種を、いちいち覚えてはいない。足を使って住民へ聞き込みも行ったが、進展は無かった。
「こいつは思ったより厄介だな」デレクは書類を見つめながら言った。「車に的を絞ってもラチが開かん。夫妻と子供についての情報を、もっと集めなきゃならんな」
綱紀の乱れが問題視されている連邦捜査局にしては珍しく、彼は真っ当な正義感を持つ男だった。
デレクには2つ歳の離れた兄がいたが、10代の頃、彼は強盗に遭って殺された。犯人は北部の方へと逃亡し、事件を担当した捜査官は早い段階で追跡を諦めていた。結局、犯人の行方を掴めないまま事件が放置されたという理不尽な経験から、デレクは当局に所属する事を望んだのだ。
「捜査範囲を西へ広げる」彼はハロルドに言った。「ここから、この事件は私に一任してもらいたい」
「俺に断る権限はありゃしませんよ」とハロルド。「アメリカも戦争に参加して、大変な時期だ。望みは薄いかも知れないが……」
「そうだな」一般犯罪などに回す人員は少ない。その間にも、戦地とならないこの国では事件が起こる。「お互い、踏ん張り時だ」
「あんた、司法省の輩にしちゃ人間が出来てる。もったいないぐらいだ」
「うちも怠け者ばかりじゃない。最近、頭の切れる若者が入省してきたらしい」書類を片付けながら、デレクは言った。「フーヴァーって名の、在留敵国人の登録課長をやってる男でな。差別主義者なのが玉に傷だが、高い志を持ってるそうだ」
ジョージア州警察に別れを告げると、彼はミシシッピへと向かった。