「叶……? どうしたの? 」
当時の私は、何も知らなかった。
夕暮れ時の教室に、茜色の眩しい光りが差し込んでいる。その一角で、私の親友は小さく背中を丸め、弱々しく座っていた。
諏訪ノ森 叶。私の親友でした。
寂し気なその背中に違和感を感じた私は、涼しい風が吹く窓辺にいる叶へと近寄った。
声を掛けてもまるで反応がない。
「叶! ね、ぇ………? 」
私は叶の肩に手を置き、揺さぶった。
その度に、黒々と輝く綺麗な髪が、前後左右へ自由になびく。
「叶……」
だらん、と体に力が入っていない。唇が真っ青だ。床が赤黒い。目が閉じたままだ。
手首が………切れている。
死んじゃう? 死ぬの? ねえ、叶。
答えてよ。 ねえ………。
意識が朦朧ちしてきた。
貧血を起こした時に見る、白々とした現実味のない駒送りの映像が、やけに長い間私の脳に送られる。
【女子中学生、自殺未遂】
9月25日未明、都内の某中学校の女子生徒が、手首を切り自殺を図ろうとした。女子生徒の横には、もう一人生徒が倒れており、病院に運ばれたが未だ意識が戻っていない。
自殺は未遂と終わったが、校長と担任教師は会見で、「然るべき処置を取る。」と謝罪し、保護者は「当然の責任だ。」と反発の意を示した。
今朝の朝刊。コーヒーをすすりながら目を通した。
実にどうでもいい事件だ。いや、事故……なのかな。
インスタントだからだろうか。安っぽい味が口に残る。実に不快だ。何もかも。
「自殺なんて、アホらしい」
私は学校へと出発した。