大人オリジナル小説
- 白薔薇のナスカ
- 日時: 2016/12/15 23:54
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2
天体歴1947年、クロレア帝国航空隊初の女性戦闘機パイロットになったナスカ・ルルー。数々の戦果を挙げた事で有名であり後の女性パイロットらの憧れの女英雄である。
プロローグ
天体歴1931年秋、彼女は帝国領の最南端に位置するファンクションという街の領主である名門貴族ルルー家に長女として生まれる。母親によく似て美しい容姿をしていた。ナスカは娘バカな父や厳しいが美人な母、そして心優しい兄と共にとても幸せな子供時代を過ごした。5歳の時には、妹も誕生する。恵まれた環境の中でナスカはすくすくと育っていった。
後に当主になるであろう兄・ヴェルナーの母はナスカらの母とは違ったが、そんな事は気にしない優しく常にポジティブな青年だった。彼はかつて戦闘機乗りになりたかった。しかし、訓練中の事故で足を痛めて夢を諦めた。眠れない夜にはいつも昔の話を語り聞かせてくれる、素敵なお兄さんだった。
そんな事もありナスカは幼い頃から戦闘機に興味に持っていたが、特別それ関係の仕事になりたいと思った事はなかった。平和な生活とは無縁の世界だと当たり前に考えていた。一度父に戦闘機の話をした時、「物騒な事を教えるな!」とヴェルナーが怒られたので、ナスカはそれ以来言わなくなった。兄と妹だけの秘密の話題になったのである。
そして時は転機の1945年へ。
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- 白薔薇のナスカ ( No.36 )
- 日時: 2017/01/30 21:05
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2
翌朝。
「ナスカ、ナスカ!」
血相を変えたリリーが走ってくる。
「おはよう。リリー」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ!助けて!」
「何かあったの?」
リリーは、呑気に尋ねるナスカの手を掴むと、いつもより早足で進む。ナスカは状況が飲み込めないまま引っ張られていった。
着いたのは、今は使われていない司令官室。
「こんなところ?またどうして……今はもう使われていないんじゃなかったっけ」
リリーは重そうなドアをノックする。おおよそノックとは思えない重厚な音が響いた。
数秒後ドアが開く。
「来たかね、ナスカ」
中には余裕な笑みを浮かべているヘーゲルを中心に、その手下らしき軍服の男たちが並んで立っていた。その向かいにはジレル中尉が一人座っている。
「リリー。偉いぞ」
ヘーゲルは機嫌良さそうにリリーを褒めた。
「エアハルト・アードラーを呼べと言ったはずだが」
ジレル中尉が不満げにリリーを睨んだ。
「ごめんなさい!でも、でもリリー……逆らうの怖いし」
リリーは弱々しく言い訳をした。
「ヘーゲルさん、何か私に用ですか?」
ナスカが言うと、ヘーゲルは頷きにやりと不審な笑みを浮かべた。
「実は昨日、私の作戦を改変し作戦成功の妨害をしようとした者がいるらしくてね。ナスカ、何か知らないかね?」
これを聞いてナスカは全てを理解した。会議室での会議を聞いていた者がおり、その者がヘーゲルに告げ口したのだろう。
「まさか。私の知り合いにそんな人はいません。作戦成功の妨害をするなんて!」
ナスカはいつもよりおおげさに答えた。
「それは本当か?」
ヘーゲルは尋ねながら立ち上がり、ジレル中尉の方へゆっくりと足を進める。
そして義手を掴みジレル中尉を引き寄せる。
「本物の義手を見たのは初めてだよ。不気味だね」
「一言余計だ」
ジレル中尉はとても冷めた表情でぼそっと呟いた。
「さて、ナスカ」
ヘーゲルは言いながらナスカに歩み寄ってくる。
「本当のことを言え。これから大仕事って時に、反逆者がいたら怖いだろう?最後の最後に裏切られるかもしれない」
「その話、どなたかからお聞きになったのですか?」
威圧感に負けてはならない、と自分に言い聞かせ、ナスカは冷静な態度をとった。
「君の親友、トーレくんだよ。昨夜彼が教えてくれたんだ。詳細説明の時に……とね」
ヘーゲルはにやりと不気味に笑った。ナスカは動揺を隠しさらっと述べる。
「だとしたら彼が間違った報告をしています。詳細説明なら私とトーレは同じ部屋で聞きました。普通に説明があっただけでしたよ」
ナスカの顔には笑みさえ浮かんでいた。
「詳細説明の丁度その時間、会議室のカメラが停止していたのだが……本当に何も知らないのかね?」
ヘーゲルは声をやや強めた。
「はい。トーレの勘違いか、あるいは嘘かと」
「だが……そんな嘘をわざわざ上に言う必要があるか?」
「彼の意図は分かりませんが、安心して下さい。私たちはヘーゲルさんが正しいことをしている限り裏切ったりはしません」
それを聞いたヘーゲルは怪訝な顔をする。
「正しいことをしている限り……?どういう意味かね」
ナスカは満面の笑みを浮かべて答える。
「それはいずれ分かることだと思いますよ」
リリーは心配そうな眼差しでナスカを見つめている。ジレル中尉は軍服の男に囲まれ、不満そうにヘーゲルの背中を睨んでいた。
「今回の件につきましては、そんなに気にすることではありません。大丈夫です!」
ヘーゲルは少し黙り込み、やがて述べる。
「まぁよかろう……今回だけは見逃すことにする。だが、次はないから覚えておくように」
こうしてナスカとリリー、そしてジレル中尉は解放された。
食堂に着くと、朝食の時間で賑わっていた。何だか心温まる光景だ。
ナスカとジレル中尉が空いている席に座った時、無邪気な笑顔でリリーが言う。
「ナスカとジレルは席にいて!あ、リリーの席もちゃんと確保しておいてね。リリーが二人に美味しいもの持ってくるよ!」
そして走っていき、ナスカはジレル中尉と二人きりになってしまった。
年齢も性別も違う二人がちょこんと隣の席に座っているのだから、不思議な光景だろう。通りかかった人が珍妙な顔で見てくるのがナスカは微かに面白かった。
話すことがなく困っていたナスカに、突然ジレル中尉が話しかける。
「朝から迷惑をかけたな」
素っ気ない言い方だが、彼が本気であることは分かった。
「いえ。大丈夫です」
しばらく沈黙があり、ジレル中尉は静かに尋ねる。
「分かっている。いきなり……こんなことを尋ねるのはおかしいということは。だが……端から見て気味が悪いか?これは」
彼は右手の人差し指で義手をトントンと軽く叩きながら気まずそうな顔をする。どうやかヘーゲルに言われたことを気にしているらしい。
「珍しいから……目を引くのかもしれないです。でも、何だか意外。ジレル中尉がそんなこと気にするなんて」
ジレル中尉はよく分からないと言いたげな顔をする。
「……意外だと?」
「はい。人にどう見られてるかなんて気にしない人だと思っていたので」
少し沈黙があり、ジレル中尉は真剣な顔でナスカを見る。
「一つ、願いがあるのだが」
唐突だったのでナスカは一瞬戸惑う。
「リリーを」
「来たよーー!!」
ジレル中尉の声に被せて、元気いっぱいのリリーが帰ってきた。その手にはパフェを三つ乗せた銀のお盆。
「じゃ〜ん!特別にパフェを頼んできたよっ!」
ナスカは呆れて頭を抱える。
「もう……何やってんのよ、リリー。この忙しい朝食時にそんなもの三つも頼んで」
リリーは気にせずパフェをお盆からそれぞれの前に置いていく。ナスカが呆れている様子など、全くと言ってもいいほど気づいていない。
「さぁさぁ、食べてみて!今日はチョコレートパフェだよ!」
背の高いガラス製の器に甘いものがぎっしり詰め込まれている。ねっとりしていそうなバニラとチョコレートのアイスクリームに新鮮な果物。細かいチョコチップと、とろりとしたチョコレートソースが、たっぷりかかった贅沢なパフェだ。
到底、朝から食べるものではない。
「リリー……こ、これを食べろと……?」
ジレル中尉が動揺した顔で言った。
「うん!美味しいよ!」
リリーはジレル中尉に満面の笑みで返した。
「ジレル、甘いの嫌い?」
リリーに悲しそうに見つめられたジレル中尉はすっかり困り顔になる。
「いや、嫌いとか、そんなことはないが……」
「食べるのが面倒?じゃあ、食べさせてあげるよ!」
リリーは早速スプーンを手に取りアイスクリームをすくうとジレル中尉の口の前に突きつける。
「はいっ!口を開けて」
ナスカがまさかしないだろうと見ていると、ジレル中尉はゆっくり口を開いた。リリーは彼の口にアイスクリームがたっぷり乗ったスプーンを入れる。
「ん……、甘い」
ナスカは信じられず呆れた。いつの間にこんなに仲良くなったのか。
「リリー、何をしているの?」
ナスカが尋ねると、リリーは笑顔のまま視線をナスカに移し返す。
「食べさせてあげてるんだよ。それよりナスカも食べて。このパフェとっても美味しいよ!」
ナスカは少し声を強める。
「リリー。年上の人に対して食べさせてあげてる、とか失礼なんじゃない?」
「失礼じゃないもん。ジレル、喜んでるもん」
リリーは不満げに頬を膨らまして言い返した。
「普通の感覚で見たら変よ」
「変じゃないよ。だっていつもだもん。いつも食べさせてるけど、おかしいとか言われたことないよ!」
リリーは注意され苛立っているようだ。
「そりゃあジレル中尉がいれば誰も注意できないだろうけど……」
「リリーがジレルと仲良いのが羨ましいんだ!嫉妬!だからそんなこと言ってるんだね!」
「まさか。リリーが仲良くなるのに嫉妬なんてするはずない。私はただ……」
リリーにきつく言われたナスカは悲しくなってきた。
「嘘だよ!嫉妬してないなら、こんなこと言わないもん!」
「落ち着け、リリー」
口を挟んだのはジレル中尉だった。
「責任は私にある。どうか、リリーを責めないでくれ」
彼は冷静な声でナスカに対して言った。
「ジレル中尉、リリーって呼ばないで下さい。あと、私の妹に手を出されるのも困ります。どれだけ年の差があるとお思いですか」
ナスカにはっきり告げられたジレル中尉は愕然としている。
「どんな感情をお持ちかは知りませんが、今日限りで諦めて下さい」
ナスカは半分も食べていないチョコレートパフェを残して立ち上がる。
「では、ごちそうさまでした」
去っていくナスカの背に向かってジレル中尉は何かを言おうとしたが、言葉は出なかった。膨れるリリーとは反対に、ジレル中尉はどこか悲しげな表情だった。
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